4.患者から見た「線維筋痛症」と「顎関節症」の関係
T.「線維筋痛症」である私と「顎関節症」
U.重症の顎関節症について
V.回復を心がけるときの、心の持ち方(管理人の例)
線維筋痛症の患者さんは、顎関節には異常を感じない方も多く、ほとんどの方が、顎関節症についてはあまり知らないと思います。
ですが、顎関節症が悪化してくると、壮絶な痛みを感じたり、深刻な状態になることもままあるようです。
また、悪化した顎関節症は、悪化した線維筋痛症と、さまざまな症状が似ています。
線維筋痛症の患者さんが悪化した顎関節症について知ることも、参考の一つになるかもしれないので、以下に、一時は重症だった線維筋痛症患者である私から見て、二つの疾患の類似していると感じる点や、なぜ線維筋痛症患者である私が、咀嚼筋の一つである翼突筋を治療することで非常に回復したのか、感じる点などを以下に記します。
T.「線維筋痛症」である私と「顎関節症」
管理人である私自身は、歴とした線維筋痛症です。
2001年4月にこれを発症し、2002年3月に、国立病院機構東京医療センター内科医長、リウマチ内科の西海医師により線維筋痛症の診断を受けており、西海医師から、この疾患名での診断書ももらっています。
西海医師は、日本ではまだ誰も線維筋痛症に注目していないころにこの疾患に関する論文を発表した、線維筋痛症研究では、日本で先進的な存在の医師です。医歯薬出版発行の「線維筋痛症とたたかう」にも、最初に西海医師が論文を発表したいきさつが紹介されています。
私の場合、線維筋痛症を発症した段階では、顎関節の痛みはゼロでした。また今に至るまで、ほかの多くの箇所に発生した凄まじい痛みに比べれば、顎関節の痛みはゼロに等しい感じで推移しています。
確かに、発症の4年前から「口が開けにくい、開けるときに音がする」という顎関節症特有の症状はありましたが、しかし治療を要するほどの痛みは一度も感じたことがありませんでした。
一方、線維筋痛症のほうは、フルタイムの仕事を続けていたある日、突発的に左の腰関節に激痛が走り、まったく歩けなくなるという形で発症しました。
そのとき非常に激しい痛みを感じたのは左腰部だけでしたが、やがて時間が経つにつれ、一カ所だけだった痛みは、右腰部、背中、肩胛骨部とはい上がってきて、さらに肩、首、腕、指などにまで広がってきました。
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私の場合はそういう経緯を辿っていて、顎関節には一度も、これといった痛みを感じたことがなかったので、「翼突筋除痛療法」、つまりものを噛む咀嚼筋の一つである翼突筋への治療のみで、身体全体に渡る激しい痛みや、めまい、疲労感、重量感、発熱などの症状が次第に回復してきたとき、なぜこの治療で、それらの症状が回復するかがまるで理解できずに、驚愕しました。
最初に感じた腰部の痛みは、どうみても、その部分に何かしらの異常が起こっているとしか思えないような、外科的な痛みでした。ですから、そこから遠く離れた、一見、何の関係もなさそうな顎の咀嚼筋である翼突筋を治療することで、それらの症状がよくなるとは、最初は、とても期待することが出来ませんでした。
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私のように、ある日突然、腰などの特定部に、外科的な痛みが襲ってきた場合、線維筋痛症と診断される前に、ヘルニアなどの外科的手術がいるような疾患と誤診されてしまう可能性を、患者としては感じます。
患者自身が、その部分に何かしらの異常が発生したとしか思えないような痛みを感じる場合があるので、そういう訴えを聞いた医療側が、その訴えをもとに、その箇所に何かしらの問題が発生しているという診断をしてしまう可能性もあるだろうと思います。
しかし、もしそこで誤診が発生して外科的手術が行われた場合、痛み入力という中枢感作のメカニズムを考えると、その手術そのものが、線維筋痛症の悪化につながりかねない場合もあるような気がします。
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私のように、腰部の局部的な激痛から始まった痛みが、翼突筋という、そこから遠く離れた箇所への治療で非常によくなった理由、それへの理解は、中枢感作というメカニズムを考えないと、難しいのではないかと思います。
以下は、HP「線維筋痛症の概念」より
身体には異常なことがなにも起きていないのに、患者が激しい痛みを感じるのは、痛みの中枢に至るまでの痛みの伝達経路のどこかに、異常が起きているからと考えられます。
これはつまり、人間の中脳部にある痛みを伝達するときの感度を調整する機能が、うまく働かないということになります。
なぜ、この感度調節機能がうまく働かないで、いわば暴走してしまうのか、なぜ、神経経路の中に痛み信号が多量に流され続け、患者の身体に耐え難い痛みが起こるのかについては、いまのところ原因は不明とされています。
(この、「全身に耐え難い痛みが起こる」つまり、「わずかな刺激でもそれが脳で増幅されて全身に供給され、しかもそれが頑固に長く続く」という現象は、「中枢感作」のメカニズムを考えないと、理解が難しい気がします。)
しかし、その原因として、人体のどこかに、いわば「原発病巣」があって、その場所から慢性的に、痛み中枢への信号が流れ続け、患者の身体に耐えがたい痛みが起こっているという可能性が指摘されています。
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私が回復した翼突筋除痛療法は、上記の「原発病巣」に着目し、この原発病巣は「外側翼突筋」であるという着目に基づいて編み出された治療法だと思います。
この治療法を、おおまかに例えると、以下のようにも言えるかと思います。
たとえば、音量が最大になったままの状態で、壊れてしまったラジオがあるとします。ラジオそのものの修理は、なかなか難しいですが、ラジオに電力を供給している電源を抜けば、大音量で音を鳴らし続けるラジオの音を止めることができます。
この場合の「ラジオ」は、痛み信号を全身に流し続ける「脳」で、そのラジオ(脳)に電力(痛み信号)が流れるのをストップさせれば、痛みは止まるということになります。
つまり、ラジオ(脳)に電力(痛み信号)を流し続ける電源(外側翼突筋)を修理し、ラジオに電力を供給するのをストップする、それによって大音響の音(痛み)を止める、そういった治療とたとえることができるのではないかと思います。
なぜ、腰部に外科的な激痛が生じて、そこから全身に痛みが拡大した患者が、翼突筋一カ所を治療するだけで、症状全体が非常に回復したのかについて、論理的には、上記のようなメカニズムを抜きには、説明がつかないように感じます。
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また、私自身は、1年前に歯科的アプローチによる治療が修了し、その後は数ヶ月に一度、医師に体の状態を診てもらいながら、同時に歯のメンテナンスをして、体の快復を心がけている状態だと思います。
そして、治療が終了した1年前に比べて、明らかに状態は快復しています。
治療開始前は、激しい痛みが、まるで鉄の爪のように体じゅうに深く食い込み、もがけばもがくほど、さらに食い込んでくる感じでしたが、治療を始めてから、その鉄の爪が少しずつゆるみ、それとともに痛みが楽になり、いろいろなことが出来るようになってきた感じです。
だいぶ「鉄の爪」がゆるみ、治療開始前に比べて、相当楽になったと思えるころに、治療を終了しました。
そのときは、確かによくはなったのですが、まだ「鉄の爪に捕らえられている」感じは残っていました。それが治療終了後半年くらいから、「鉄の爪」そのものが壊れかかっているという感じがし始めました。
今の痛みは、爪の残骸のようなものが残っていて、それによる痛みという感じです。
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具体的に言うと、中枢感作特有の、「少しでもやりすぎると必ずしっぺ返しが来る」メカニズムが崩壊しかかっているというか、ある作業をやりすぎて痛みが発生しても、その痛みの増幅があまりない感じです。また、私の場合、かならず痛み入力につながるパソコン作業も、作業開始から大きな痛みが発生するまでの時間が、明らかに長くなっています。
また、治療開始前は、夜中に痛みで目が覚める回数も数え切れず、一晩じゅう寝たり起きたりしている感じでしたが、今は、目が覚めるのは多くて一晩に1回、散歩などで体が疲れているときは、8時間以上ノンストップで眠れます。それだけ、明らかに痛みが減っています。
この感じは、「健康体」だったときの感じを思わせます。私の場合は若い方に比べて年齢も上なので、完治は難しいかもしれませんが、明らかに、治療終了直後より、軸足は健康体に移っている感じです。
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この治療法は薬剤をほとんど使いませんし、治療が終わってからも、痛み止めや湿布薬を始め、薬はまったく使っていませんが、それでも体は快復しつつあります。
この経過を上記の説明と突き合わせ、また患者としての実感を合わせて言うと、以下のような感じです。
翼突筋除痛療法で翼突筋を治療したことによって、ラジオ(脳)へ送られていた電力(痛み信号)が減り、体にそなわっていた自然治癒への力の働きが妨げられなくなり、そこで、体の持つ自然治癒力が、もともと持っていた力を発揮し始め、体全体が快復してきているという印象です。
線維筋痛症の患者さんには、私のように、翼突筋や顎関節からは遠い箇所にある、腰や背中、足などに痛みが出る一方で、顎関節には異常は感じない方も相当おられますので、臨床的には効果が出ているこの治療法について、その効果が生理学的、科学的に証明されれば、患者さんにとっては、大きな恩恵になると思います。
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U.重症の顎関節症について
上記のように、私自身には顎関節の痛みは非常に少なく、顎関節症よりも、自分は線維筋痛症という自覚の方が強くあります。
重症の顎関節症については、重症の患者さんが、さまざまに出た重篤な症状や、闘病の記録を出版された本があるので、それを参考にしたいと思います。
参考図書1
「歯で殺されないために」
副題:全身を狂わし人生の屋台骨まで狂わす顎関節症闘病記
著:岬 奈美
1996年9月発行
発行:株式会社JDC
この本は、重度の顎関節症患者さん自らが執筆しています。この方の発症の経過、出現したさまざまな症状は、およそ下記のような感じだったということです。
(「前書き」、「顎関節症(関節円板の脱落)の経緯」などから引用)
「歯を一本毀損した原因で、下歯全体に人口歯を載せられ、かみ合わないでいるうちに、首に、肩に症状が始まる。ひどい時は、一日中、全身がまるで陣痛のような苦しみに襲われ、首の痛みと不安定は、頭の重さを支えていられなかった。・・・最初は正体が分かりにくく、症状がひどく出現したときは、すでに全身のバランスは崩れ、・・下手をすれば顎の機能が正常に働かず、一生、首や肩、手、足にまで痛みが残存する。」
具体的な症状としては、以下のようなものがあったそうです。
・両手、両足に痛みが走る。
・肩、膝、足首関節に音がする。
・肛門が下がる、子宮が下がる、腰が痛い。
・両乳房の脇の筋が痛い。
・背骨、肩胛骨に痛み
・左手、右足くるぶし付近に内出血
・全身が支えていられなくなる。すぐに立ち上がって歩けない。等々
*この方に出たさまざまな症状は、線維筋痛症患者である私から見て、線維筋痛症そっくりというか、線維筋痛症そのものだろうという感じがします。
この症例を紹介している「あなたの歯医者さんは大丈夫か・歯科医療ミスの恐るべき実態」の著者である油井香代子さんと、出版元である双葉社の了解をいただきましたので、痛みが出た箇所を示す身体図を下記に掲載します。
この図を見ると、「かみ合わせによって全体のバランスが崩れた」というものではなく、明らかに、身体の広範囲に渡って激しい痛みが発生していることがわかります。
「歯で殺されないために」(全身を狂わし人生の屋台骨まで狂わす顎関節症闘病記)岬奈美さんの例
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*比較のために、線維筋痛症の診断基準となる「圧痛点」を下記に示します。管理人である私自身は、すべての圧痛点で「陽性」、つまり、下記の点のどこをわずかに押しても、強い痛みが生じる状態でした。
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(記事の続き)
重度の顎関節症が、健康な人をどれだけ深刻な事態に突き落とすかについては、著者が記した印象的な一文があります。
「顎で病む 私の体は震源地 人を殺すにゃ刃物はいらぬ 顎をこわせば命取り」
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このような顎関節症患者さんの例とか、咀嚼筋の一つである翼突筋への治療で回復した、線維筋痛症患者である私自身の症例をみると、顎関節症が非常に悪化すると、線維筋痛症へ移行してしまう場合があるというのは、確かにそうのではないかという気がします。
いずれにしろ、詳しい研究が待たれるところです。
*また、この本の「前書き」には、以下のような記述があります。
「(顎関節症が悪化して)全身のバランスが崩れ、それをとりもどすにも、直す医者は一握り、完全に治癒するのは神業と聞きます。」
「(悪化した顎関節症は)、医者からは「治った例を知らない、治らない」と言われました。・・」
:この記述は、私が回復した「翼突筋除痛療法」が、非常に難度の高い治療であることと符合する点を感じますし、また、「線維筋痛症」も同じように「治らない」といわれていることと、似ている部分を感じます。
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また、本文中に、線維筋痛症患者としては興味深い記事があります。
(朝日新聞 平成3年1月31日付け記事)
「*明海大学・前原潔先生の発表
犬三匹の歯の片側を削って、約3ミリ狂わせたら、犬は数ヶ月で後ろ足が弱り、二匹は骨盤がねじれて後ろ足が内側に曲がった。また、正しく座れなくなり、一匹は、体を斜めにして歩くようになった。自律神経障害の症状も見られたという。その後、削った歯に冠をかぶせてかみ合わせを戻したら、数日で回復が見られるようになった」
(毎日新聞 昭和62年9月21日記事)
「小林義典教授の発表
厚さ0.1ミリの異物を歯にはさみ、人工的に噛み合わせを狂わせ、生態を調べた。睡眠中も小型無線を発して追跡した結果、ものを噛む「咀嚼系」の筋肉の緊張、神経機構のアンバランス、顎の位置の狂いが起こった。自律神経系の機能にも大きな影響が出た。
・・・背中が痛い、首が痛いと医者に行き、更年期障害とされるようなケースの中に、歯の噛み合わせの改善で治るものも多い」
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次に、別の本に書かれている患者さんの例をみてみます。著者の了解をいただきましたので、その一部を引用します。
参考図書2.
「あなたの歯医者さんは大丈夫か・歯科医療ミスの恐るべき実態」
著:油井香代子
(著者略歴:明治大学大学院修士課程修了。著書に「医療事故」「医療事故防止のためのリスクマネジメント」など)
発行:双葉社
2001年8月発行
この本に出てくる、非常に深刻な状態の顎関節症患者さんの症例も、線維筋痛症の症状と、よく似ている点が多いです。
*ある顎関節症の患者さんのコメント
「自律神経失調症で体調が悪化し、仕事も外出もできない状態なのに、周囲にはわかってもらえない。時には精神的な病だと言われ、病院に行くと各科をたらい回しにされた。あげく、最後は精神科に行くように言われた」
*著者のコメント
孤立感と焦燥感で精神的に追いつめられるケースも多い。
・これらのコメントは、線維筋痛症の患者さんの悩みと共通する部分が多いと感じます。
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上記のように、重症の線維筋痛症患者だった私から見て、重症になった顎関節症患者さんの症状は、多くの点で類似点を感じます。
なぜ、かみ合わせを変えただけで、身体の各部位にはとくべつ損傷があったわけでもないのに、広範囲に渡って激しい痛みが発生するのかについては、今後の研究が待たれるところだと思います。
海外では、両者の関係に関する論文も数多く出ているので(このページの「顎関節症と線維筋痛症の関連を裏付ける海外の論拠」参照)、このあたりの研究が日本でも進めば、線維筋痛症の治療法も、さらに進展していくのではないでしょうか。
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*また、「かみ合わせの変化」と「痛みの発生」の因果関係については、興味深い話があります。
元オリンピック選手で参議院議員をしている橋本聖子さんが、現役時代に激しい練習をしていたことは有名ですが、橋本さんは練習中に、練習のきつさに負けるものかと歯を食いしばり、その圧力で、次々に歯がぼろっと欠けてしまい、現役時代にすべての歯を失っているそうです。現在の橋本さんは、すべて義歯だという新聞記事を読んだことがあります。
橋本さんが人工の歯を入れる過程で、かみ合わせがまったく変化しなかったわけはないと思いますが、しかしながら橋本さんは、線維筋痛症を発症していません。
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その一方で、私は、歯の治療はまったくしておらず、したがって、かみ合わせもほとんど変化していないはずの線維筋痛症の患者さんにお会いしたことがあります。
その患者さんや私自身を含め、多くの患者さんは、共通の経験を持っています。発症時に、身近な人の介護をしていたという経験です。
それも、ほかにも介護の手があったにもかかわらず、よんどころない事情で、大変な介護を一人で背負わなければならなかったなど、辛い、あるいは理不尽な思いを一人で抱え込むような経験をされている患者さんがかなりおられます。
こういう事情を考えてみると、たとえば橋本聖子さんのように、辛い練習を乗り越えた未来には、オリンピック出場など輝かしい未来や目標、夢が待っているという状況と、一方で、たった一人で介護を背負わされるなど理不尽な状況に追い込まれ、しかしその苦しさをうち明ける相手もなく、不安や哀しみ、怒りや悔しさを胸にしまい込んで耐える状況では、脳内環境に、大きな差があるのかもしれません。
ただし、線維筋痛症を発症してしまったあとでは、歯科治療で悪化することはあり得ると思います。発症後は、歯を大きく削るなど、かみ合わせを大きく変化させる治療は避けた方がいいのではないかと思います。
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V.回復を心がけるときの、心の持ち方(管理人の例)
私が回復した翼突筋除痛療法も、線維筋痛症の患者さんが、百発百中で回復するわけではありません。なかには、回復が難しかった患者さんもおられると思います。
なぜ回復が難しい場合があるのか、患者として原因を推測すると、以下のようなことが考えられるかもしれません。しかしこれは、あくまで管理人が一患者として感じたことなので、参考の一つにしていただければと思います。
私は、上記のように、線維筋痛症を発症した当時、家族がガンを発症しており、連日、フルタイムの仕事をこなしながら、仕事帰りに毎日、家族が入院する癌センターに通っていました。
仕事のある日もない日も、連続して20日ほど病院に通った日のこと、前日まではどこといって痛みがなかった体に、その日の夕方から左腰関節部の痛みが始まり、それが次第に強くなり、夜には激痛になり、それが一晩中続き、翌日の朝には、痛みのあまり足が前に出ず、松葉杖なしでは歩けなくなっていました。
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「管理人紹介」でも書いたように、私はそれまで長い間、仕事などで非常に忙しい毎日を送っていて、ストレスや疲労のたまる日常生活を続けていました。
上記のような発症経過を考えると、私の場合、長いあいだ、翼突筋からの痛み入力をなんとか持ちこたえていた脳が、ある日、長期に渡って蓄積したストレスや過労によって「へたり」、まるで堤防が切れるように決壊し、そこからどっと痛み信号が脳に流れ込み、線維筋痛症を発症したという感じです。
線維筋痛症患者さんには、たしかに歯の状態がよくない方が多いですし、歯科矯正をした方も確かに多いです。
しかし、私の場合で考えてみると、血縁関係のある家族の中では、私はもっとも歯の状態がよかったのですが、それでも線維筋痛症を発症し、それも重症になりました。
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参考までに私の歯の状態は、右上奥歯が二本連続して欠損していますが、歯科矯正・インプラント手術はしていません。
私の父は60歳代ですべての歯を失っており、総入れ歯です。母も、欠損している歯は私よりも多いです。弟も欠損している歯があるにもかかわらず、何十年も放りっぱなしです。それにもかかわらず、家族の中で、私一人が重症の線維筋痛症になっています。これには、私個人の人生上でのストレスや疲労が大きく関わっているのではないかと思います。
上記のように、もし多くの線維筋痛症患者の方が、長年のあいだに蓄積されたストレスや過労で、脳の痛み防御機能のようなものがへたり、痛み入力がされやすくなっているとすれば、治療中・療養中は、脳への痛み入力を少しでも防ぐためにも、ストレスや苦しい思いをなるべく減らし、楽しい毎日を送る方が、脳に優しいのではないかと思います。
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ストレスや過労でへたった脳に、ストレスや心配による痛み入力を減らすという意味では、「一日も早く完全な体に戻す」ことに意識を集中して、その目標に届かない自分を責めるという意識の持ち方よりも、目標とする「完全な自分」と現在の「不完全な自分」を日々比べず、まいにちの生活のなかで、できるだけ「楽しいこと」「おもしろいこと」を発掘し、「楽しがる」「おもしろがる」、あるいは「感動する」とか、心がわくわくする、楽しい、おもしろいと思うことにできるだけ意識を向けて、「毎日を楽しく過ごす」ほうが、脳には優しい状態で療養できるのではないかという気がします。
「日経ヘルスプルミエ・2009年11月号」には、以下のような記事が載っています。
「腰痛・肩こり痛を消す」特集 61ページ
「痛みの原因は、腰ではなく、実際に痛みを知覚する脳にあることが分かってきた」
「人は、体のどこかで痛みを感じると、それが神経を通じて脳に伝わり、腹側被蓋野(ふくそくひがいや)という場所からある種の脳内物質(フェージックドーパミンという)がたくさん出てくる。すると、快楽物質(βエンドルフィンなど)が脳の中で作り出され、痛みが押さえられる。ところが「ストレスにさらされていたり、抑うつ状態にあると、脳内でフェージックドーパミンの分泌が少なくなり、痛みを押さえるシステムがうまく働かなくなる」(福岡県立医科大学医学部、紺野愼一教授)
できるだけ効率的に療養し、回復を心がけるには、こういった記事も参考になるかもしれません。
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また回復は、体の各部分によって、むらがあります。
どこの部分がいちばん早く回復するか、その一方で、どの部分の回復が遅れるかは、人それぞれだと思います。
翼突筋除痛療法での回復の経過は、ほかの病気での治療のように、ある一定の治療によって体全体がだんだんと元通りになるというよりも、体のそれぞれの部分が、それぞれの速度でゆっくりと回復するのを、辛抱強く待つという感じです。
もしかすると、これは、線維筋痛症が、体の各筋肉に症状が現れるということと関係しているのかも知れません。
私の場合は、重度の身体障害者といった状態(「医療機関、および患者さんの介護をする方へ」の「管理人の痛み」を参照)から、もっともダメージの少なかった下肢が動くようになるのが早く、もともと歩くのが好きということもあり、治療開始後、1年経つころには、歩くときの痛みはかなり減っていました。
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しかし、上肢関連部分の回復は遅れ、治療開始後3年経つ今も、瀬戸物など、重さのある食器は痛み入力につながるので、食器はプラスチックを使っています。また、ハンドルを回す操作は、弱い上腕部に響くので、車の運転はまだできません。また、限度を超える重さの物を持てば、症状に響きます。
それでも治療前の重度身体障害者状態からは、見違えるような快復を見せています。治療前には、新聞もめくれず、ハードカバーの本も持ち上げられませんでした。治療前の私と治療後の私の両方を知る人は、「常軌を逸した」くらいの回復と形容します。
できれば、快復を焦らず、中枢感作のメカニズムをよく理解し、体の中の、弱い部分がどこかを理解し、そこにはなるべく負荷をかけずに、痛み入力を避けながら、体の自然治癒力を待つほうが、結果としては、快復が早いような気がします。
気持ちの持ち方としては、発症前の完全な体にこだわり、一刻も早くそれに戻そうという気持ちより、何もできないというゼロベースを設定して、その状態を自分に許し、そこから、体の各部分の快復をどのくらい積み上げられるか、それを楽しみにするといった気持ちの切り替えをしたほうが、体には優しいですし、快復を焦ることによる「ストレス」をさけられ、ストレスによる刺激入力を避けられるのではないかという気がします。
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参考までに、「歯で殺されないために」の著者である岬奈美さんが、重度の顎関節症患者さんへのアドバイスとして、いくつかのことを勧めています。線維筋痛症患者さんにも参考になるかも知れないので、一部を以下に引用します。
・長期の治療を必要とするので、痛い部所をあまり使わず楽しめることを考える。
・体の痛い部分は、無理に使わない。
・苦しい分のエネルギーを、倍のエネルギーに跳ね返すような開き直りの精神を持つ。
・その時々の症状を、くわしくメモして医師に伝える。
・時間の許す限り体を横たえること。
私の場合も、線維筋痛症を発症する前は、定期的にトレーニングジムに通い、腹筋50回、腕立て伏せ20回とか、かなりのトレーニングをすることができましたが、いまの現状を以前の状態とは比較せずに、無理しないで、治療の結果、できるようになったことを喜ぶほうがいい感じです。
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翼突筋除痛療法で回復が難しいケースの、もう一つの可能性は、原発病巣が翼突筋のほかにもあるのかどうかという問題です。
(以下は、推論とお断りしておきます。)
顎関節と脳は、とても近い位置にあります。そのなかでも線維筋痛症の原発病巣と目される「外側翼突筋」は、脳がある場所のすぐ下に位置しています。(「自分で簡単にできる診断方法」の「外側翼突筋のある場所」参照)
外側翼突筋は、脳に非常に近く、そこから脳の痛み中枢へ、痛み信号が送られやすいという仮説は、非常にわかりやすい感じがします。
しかし、このほかにも、脳に多量の痛み信号を送る元、いわゆる原発病巣があるのかないのか、このほかには一つもないという結論に至った研究も、まだないような気がします。
仮に、ほかにも痛み信号を多量に送る元があると仮定した場合、翼突筋からの治療のみでは、限界がある場合があるのかもしれません。
そういう場合に、患者側ができることとしては、上記の岬奈美さんのアドバイスのように、「その時々の症状を、くわしくメモして医師に伝える」というではないかという気がします。
たとえば私の場合は、できるだけ下記のような説明をこころがけていました。
・前回の治療と比較して、痛みは楽になったか、悪化したか、変わらないかといった症状の変化。
・どの箇所がどんなふうに痛いのか、何をすると痛いのか、何をすると楽になるのか。
・何をすると、痛みはどういうふうに変化するか。
・痛み以外の、めまい、目が見えにくい、疲労感、アレルギー、発熱、筋力の低下などの症状。治療による、それぞれの症状の変化。
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自分の症状を、できるだけ客観的に、具体的に、わかりやすく説明することが、事態を打開する手がかりになる可能性も、ゼロではないと思います。
もし仮に、ほかに原発病巣があったとしても、翼突筋への治療がどれだけ大きく症状に影響するか、身をもって体験している患者としては、もし翼突筋への治療がうまくいった場合には、かなりの回復ができる可能性もあるかもしれないと思います。
原発病巣の研究も、進展が望まれると思います。
(この記事の文責は、管理人にあります)
参考および引用
「歯で殺されないために」
副題:全身を狂わし人生の屋台骨まで狂わす顎関節症闘病記
著:岬 奈美
1996年9月発行
発行:株式会社JDC
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「あなたの歯医者さんは大丈夫か・歯科医療ミスの恐るべき実態」
著:油井香代子
(著者略歴:明治大学大学院修士課程修了。著書に「医療事故」「医療事故防止のためのリスクマネジメント」など)
2001年8月発行
発行:双葉社
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