中枢感作



 1.「脳中枢の過敏化」について
 2.中枢感作
 3.「線維筋痛症」が「中枢性感作症候群」であることを示す資料
  (参考1)「線維筋痛症」が「中枢性過敏(感作)症候群」の一つと紹介されたアメリカの論文
  (参考2)日本で出版された、一般向けの最新医学図書では・・
  (参考3)「中枢感作」が紹介された国内の論文
      新潟大学大学院医歯学総合研究科器官制御医学講座 准教授 河野 達郎 「痛みの研究」

  (参考4)「東洋医学・鍼灸ジャーナル」14.15号、「中枢感作症候群と変化する西洋医学」の特集
  (参考5)「保健同人社・暮らしと健康」2011年3月号、「慢性頭痛の治し方」で、「中枢感作」の紹介
  (参考6)「ためしてガッテン」(2011年9月28日放送)「脳の過敏状態」とは

 4.脳の「可塑性」。脳は痛みを学習、記憶してしまう
 5.「え!こんなことで!?」悪化する可能性のある疾患
 6.「中枢感作」を押さえる過ごし方
 7.患者が感じる感作と閾値の関係(管理人の例)
 8.線維筋痛症の悪化を防げれば
 9.「安静にする」と「静止する」の違い。認知行動療法について
 10.「心が原因の腰痛」と線維筋痛症は、同じものか?

1.「脳中枢の過敏化」について

線維筋痛症をめぐる二つの概念

このHPでは、線維筋痛症に関する二つの概念を紹介しています。

central sensitivity syndromes:「中枢感作症候群」(あるいは中枢性過敏症候群)
central sensitization:「中枢(性)感作」


二つの言葉は、ともに「中枢神経が(さまざまな刺激に対して)過敏になる症候群」といった意味です。
海外では、このcentral sensitization:「中枢(性)感作」つまり中枢神経の過敏化が、線維筋痛症の発症や維持に重要な役割を果たしていることが定説になっています。

たとえば、この英語のキ−ワ−ドをグーグルで検索してみると、全世界から1200万件以上の記事がヒットしてきます。
上位の記事を見ると、海外では医師のための専門的サイトだけでなく、患者さんが作っているサイトにさえ、この語句や概念の紹介があります。
海外ではすでに、この二つの言葉は、線維筋痛症を研究する研究者や患者の間では、広く浸透しているようです。


海外の患者さんが広く知っている知識なら、私たち日本の患者も、もし知っていれば、役に立ったり症状の悪化を防いだり、場合によっては、自分を守れることもあると思います。
以下のページで、この「中枢感作症候群」そして「中枢(性)感作」について説明していきたいと思います。


痛み以外のさまざまな症状

患者は、痛み以外にもさまざまな症状を抱えています。発症する前は患者さん自身が想像だにしなかったような、未知の症状が出ることも多く、底知れない不安を感じることもあると思います。
ですが、そういった症状に、この概念やメカニズムをあてはめてみると、いろいろなことが合点できたり、この概念から類推できたり理解しやすくなったり、また、自分の症状を、ほかの方にも説明しやすくなるとのではないかと思います。

患者は、痛み以外のさまざまな症状を抱えているのと同時に、さまざまなものに敏感になっていることも多いです。
たとえば、歯医者で診察しても、虫歯はないのに歯が痛い、あるいは冷たい物が歯がしみる(これはとても多くの患者さんが訴えます)などです。
ほかに例を挙げてみると、飛行機に乗ると、すごく耳が痛くなる、あるいは嗅覚が、一定のものにものすごく敏感になる。履物に敏感になり、ほんの小さなヒ−ルの高さの違いに敏感になって、それが症状に響く。あるいは座る椅子の違いに敏感になったりします。椅子によってはすぐに症状悪化につながり、座っていられないこともあります。


いずれも、「これが病気か」と思うような、小さな症状です。しかし、多くの患者さんに共通するものが多く、患者の実感からすると、もし、全身の痛みとともに現れているとすれば、やはり、central sensitization:「中枢(性)感作」、つまり、線維筋痛症を疑うべきなのではないかと思います。

これらは、脳の過敏化が脳の様々な中枢に波及し、その結果として、さまざまな感覚が過敏になっていると考えれば、とらえやすい現象なのではないかと思います。

でも、治療側がcentral sensitization:「中枢(性)感作」、あるいはcentral sensitivity syndromes:「中枢(性)感作症候群」(中枢性過敏症候群)の概念を知らなければ、それらの小さな症状は気にとめてもらえず、「不定愁訴」と言われる可能性があると思います。
患者の脳がどれだけ過敏になるかについては、このペ−ジの下方、 「7.患者が感じる感作と閾値の関係(管理人の例)」で、私がこれまで感じてきた「閾値(いきち)の変化」について書きましたが、おそらくこれは、健康な人が見てもまったく実感が湧かないというか、患者が本当にそんなことを感じるのかと、信じられないのではないかと思います。

たぶんこれは、脳中枢が過敏になってしまったからこそ、体が敏感に感じる変化なのではないかと思います。
この、非常に低いところまで下がってしまった閾値を、健康人と同じところまで上げていくのが、おそらく治療ということなのではないかと思います。


ただし、脳が行う記憶のメカニズムからすると、一度記憶に刻み込まれてしまった痛みの記憶を少なくしていくのは、すごく時間がかかる場合が多いと思います。
まずは、脳に入る痛み信号の量を減らし、下がった閾値を少しずつ上げていくことが必要なのではないかと思います。

なぜ脳が過敏になってしまうのか

それでは、なぜ脳がこのような変化を起こしてしまうのか、自分の経験やほかの患者さんの話、あるいは、さまざまな資料を見てみると、小さな一つのことが原因ではなく、いろいろな要因の積み重ねによって起こるようです。
たとえば、大きな病気、あるいは事故による大怪我や手術などによって、耐えがたい痛みとストレスを感じた。しかも手術が一度ではうまくいかずに、二度三度と続いたとか、手術後の回復が思うように行かず、とても苦しい思いをしたなど、痛みと苦痛を感じる期間が長かった。
あるいは仕事や家庭の事情で、多種類、かつ加重なストレスが、やはり長期に渡って続いた、などです。人生のなかで、それらが複合的に襲ってきたという人も多いようです。
子供のころに虐待を経験した人も、かなり含まれているように思います。私が話を聞いた患者さんのなかにも、かなりの高率で、そういう方がいました。


歯科治療に関しても、今、「後戻りができないような、噛み合わせを大きく変える治療は避けるように」ということが専門家から言われていますが、治療でいきなり大きく噛み合わせを変えられた場合、大きなストレスが発生するようです。

噛み合わせに関わる部分、つまり口腔内の感覚受容器は、食べ物が入る場所ですから、感覚受容器として、もともと、とても敏感であることと、また、脳が過敏になるに従って、口腔から入る信号を脳が大きく感じるようになるのではないかと思いますが、(とくに口腔内や顎関節は痛くなくても)、脳が過敏になってきたときに、ここの部分から脳に入る信号(つまりストレス)は、かなりの大きさになっているのかもしれません。

私は一時、非常に重症でしたが、いわゆる歯科的アプローチ(この治療を言い換えると、口腔の感覚受容器から脳に入る信号を減らしていく) による治療で、最悪期のすさまじい痛み、重度のめまい、重い疲労感や重量感、過敏性腸症候群などの諸症状の、九割以上が消失しました。

歯科的アプローチによる治療では、HPの顎関節症と線維筋痛症の関係」で紹介しているスガ歯科医院の治療でも、相当の重症だったところから、治療の結果、線維筋痛症の症状は完全に消え、健康な人と同じところまで回復している患者さんにお会いしたことがあります。
お若い方ではなく、私と同年配の方だったので、正直言って驚きました。この方も、治療に薬剤は使っていません。(
リンク集の5.にも、関連記事があります)

なぜ歯科的アプローチによる治療で、これだけの効果が出ることがありうるのか、その理由は、やはり、上記のように脳が過敏になってきたとき、口腔分から脳に入る信号(つまりストレス)の量は、かなりの大きさになっているからではないかという気がします。

ただ、脳の過敏化がすすめば、口腔の感覚はもの凄く鋭敏になっている場合が多いと思いますし、歯科的アプローチによる治療は、(治療をうけた患者の実感としては)、技術的に、非常に難しいと思います。私の経験でも、口腔内のほんのわずかな治療、わずかな変化が、線維筋痛症の症状に鋭く影響してくる場合が多いです。
治療に関しては、それぞれの歯科医師とも独自に研究し、多くの臨床を積み、患者の回復や治癒につなげています。現状では、ここまで回復させられる医師は非常に少ないですし、また現在のところ、国民健康保険は適用されず、自由診療になります。

線維筋痛症と化学物質過敏症

また、この「中枢(性)感作症候群」(中枢性過敏症候群)という疾患グル−プには、化学物質過敏症が含まれます。(「線維筋痛症と化学物質過敏症」の頁参照)
線維筋痛症と化学物質過敏症に関しては、日本でも、環境が原因の一つとして起こる疾患という面から二つの疾患の共通点を論じた、以下のような論文があります。


・未知の環境病をどう捉えるか
http://www.takagifund.org/admin/img/sup/rpt_file40093.pdf#search='未知の環境病をどう捉えるか'
(水野玲子 高木基金レポート・2004,5,10)


・原因不明の「症候群」に環境病の疑いを
(線維筋痛症候群、慢性疲労症候群と化学物質との接点)
公衆衛生2005,8:水野玲子

(こちらの論文は、ネットで公開されていません)

この「原因不明の「症候群」に環境病の疑いを」という論文中には、以下のような言及があります。

米国における1997年の研究報告によれば、線維筋痛症の患者の55%(60人中33人)が化学物質過敏症を伴っており、42%(33人)は、12またはそれ以上の化学物質に過敏に反応する。
プールの塩素消毒、アルコール、ドライクリーニングなどにも過敏であり、化学物質曝露との関連が浮かび上がってきた。

こういった論文を読むと、脳を過敏にしてしまう刺激には、外(環境によるものなど)から入ってくる刺激(化学物質、あるいは電磁波など)、また体内で発生して、脳に入力されてしまう刺激などがあるのではないかと思います。
脳が過敏になってしまった場合、対策としては、まずは脳に入力され続けているそれらの刺激の総量を押さえるということが考えられるように思います。


化学物質過敏症の方は、当然ながら、化学物質の曝露を極力避けておられると思いますし、たとえばアトピーの方が、症状悪化につながる卵や牛乳の摂取を避けるように、線維筋痛症も、症状悪化につながる刺激を、まずは極力避けることが重要かもしれません。

それから、治療としては、体内で発生している痛み信号の量をへらすということが考えられると思います。
つまり、体内で痛み信号を発生させ、脳に大きな量の刺激を送っているもと、痛み信号の発生源を治療することによって、そこから脳に入り続けている痛み信号の量をへらすという考え方がありうるのではないかと思います。


管理人である私が回復した治療法は、このような治療に該当するのではないかと思いますし、ほかにも徒手による治療で、線維筋痛症や、重症の腰痛から回復した方がおられます。
そういう患者さんがたの例を見ると、徒手療法や鍼灸などでも、痛みを発生させている発生源を治療し、痛み信号の発生を抑えるという効果がのぞめるのかもしれません。

私を治療した医師は、咀嚼筋である翼突筋が、脳に刺激信号を送っている大きなもと、信号の発生源ではないかという着眼で治療をおこなっていますが、脳に大口の痛み信号を送る元については、いまだ未知の部分が大きいのではないかと思います。
FM患者は、激しい腰痛を感じることが多いですし、咬合治療と腰痛の関係に言及した下記のようなHPもあります。


http://www.k5.dion.ne.jp/~kinoukog/index.html(咬合機能研究会)

いろいろなことを勘案してみて、腰部分にも、脳にかなりの量の痛み信号を送る元があるのではないかという考え方もあるようです。


薬剤治療

また、一度脳に入ってしまった刺激信号が脳の他の場所に伝播しないように、脳内での信号の伝達を押さえる、あるいは脳の過敏化がそれ以上大きくならないように、この働きを押さえる、そういった治療が、薬剤治療になるのかもしれません。
過敏化をした脳を元の状態に戻すには

しかしながら、脳がもの凄く過敏になってしまった場合は、どの治療にしても、もとの状態に戻すのは、非常に難しいと思います。
その中で、歯科的アプローチによる治療は、時間と費用はかかりますが、上手く適合した場合は大きな効果がのぞめると思います。
これはやはり、口腔内の感覚受容器が、感覚受容器として、もともと、とても敏感なのか、あるいは脳が過敏になるに従って、口腔から入る信号を脳が大きく感じるようになるのか、(その辺の生理学的な研究は、まだ十分にはなされていないと思いますが)、このあたりが研究されていけば、分ってくることもあるのではないかと思います。


私にしても上記の患者さんも、なぜ歯科的治療でこれだけの回復をすることがあり得るのか、そのあたりは、ぜひとも研究が進んでほしいと思います。

また歯科的アプローチは、費用はかかりますが、かみ合わせを精密に整えることで、傷んだ部分が後戻りしてしまうのを避ける効果がのぞめるのではないかと思います。

ひどく痛み、信号を発生させていた元が、もとの状態に後戻りしないことで、脳への信号が継続して減っていくことが可能だと思いますし、脳に流れ込む信号が減れば、非常に過敏になってしまっていた脳も、時間をかけて、普通のレベルにまで近づいていくのではないかと思います。

それでも、一度過敏になってしまっていた脳が元に戻るのは、とても時間がかかると思います。
私も上記の患者さんも、全体の状況は非常に改善した現在も、ちょっとした噛み合わせの不具合で、線維筋痛症の症状が発現し、それが体のあちこちに拡大します。(それでも、多くの場合は歯科的治療で、電気的に感じる刺激が止まります。)
やはり、一度大きく脳に刻み込まれてしまった痛みの記憶を消すのは、時間がかかることが多いように思います。


2.中枢感作

アメリカで2006年に出版された「線維筋痛症とそのほかの中枢性の疼痛症候群」(Fibromyalgia & Other Central Pain Syndromes)には、線維筋痛症が、中枢感作といわれる痛みをめぐるメカニズムによって引き起こされる疾患グループの一つであることが示されています。
この中枢感作は、この疾患を理解する上で重要な要素なので、下記に説明したいと思います。


1965年に、MendellとWallは、通常は痛みと感じない程度の刺激を皮膚に連続的に加えると、人体が徐々に本物の痛みを感じる現象について研究していました。
そして研究の結果、皮膚に対して連続的に刺激を加えた場合に、皮膚の感覚受容器から脊髄に送られる痛みの信号じたいは増加しないにもかかわらず、その一方で、脳に送られる痛みの信号は増加しているという現象を見出しました。


この現象は、簡単には[wind up]と呼ばれ、脳の中枢が、疼痛の感度を増大する機能を持っていることを示しています。
健康な人でもこの[wind up]は起きますが、顎関節症、線維筋痛症、慢性疲労性症候群、原発性月経困難症、過敏性大腸炎では、健康な人とは異なり、痛み感度の異常な増大が起こることが報告されています。
そして、この異常な痛み感度の増大が起こる[wind up]のことを、中枢感作と呼びます。(図1参照)
そして、この中枢感作のメカニズムは、そのほかにも図1に示されているようなさまざまな疾患を引き起こす可能性があります。

図1

3.「線維筋痛症」が「中枢性感作症候群」であることを示す資料

(参考1)「線維筋痛症」が「中枢性過敏症候群」の一つと紹介されたアメリカの論文

(参考2)日本で出版された、一般向けの最新医学図書では・・

(参考3)「中枢(性)感作」が紹介された国内の論文

   新潟大学大学院医歯学総合研究科器官制御医学講座 准教授 河野 達郎
   新潟県医師会学術奨励賞受賞
   「痛みの研究」

(参考4)「東洋医学・鍼灸ジャーナル」14.15号、
   「中枢感作症候群と変化する西洋医学」

(参考5)「保健同人社・暮らしと健康」2011年3月号、「慢性頭痛の治し方」
   「中枢感作」概念の紹介

(参考6)NHK「ためしてガッテン」(2011年9月28日放送)

   不眠・めまい・耳鳴り 不快症状を解消せよ!
   脳がささいな刺激に過敏に反応してしまう「脳の過敏状態」とは

当HPに、医学的、専門的内容が多いのは、「中枢感作」あるいは「中枢性感作」という(痛みを巡る)メカニズムの問題があります。

2005年にアメリカで、「線維筋痛症とそのほかの中枢性の疼痛症候群」(Fibromyalgia & Other Central Pain Syndromes)」が発行されました。
この第4章「中枢性過敏症候群の概念」を執筆したDr.Yunusは、日本でも注目されてきた「線維筋痛症の分類基準」を作った研究者です。

この本のなかで、線維筋痛症が、「中枢(性)感作」(central sensitization)というメカニズム(病態生理学的機序)をその特長とする中枢性過敏症候群(central sensitivity syndromes)の一つと紹介されたのが2005年ですが、それから4年経ち、これが日本国内でどのくらい認知されたかというと、ヤフーの検索で「中枢(性)感作」「線維筋痛症」との関わりに言及がある記事を探してみて、ヒットする記事は、わずかです。

しかし、ものすごく悪かったところから非常に回復した患者として、この「中枢(性)感作」が、線維筋痛症を引き起こす重要なメカニズムであることは、自分自身の体に起きた変化を通して実感しています。
今後、病気の治療法がさらに研究され、発展していくためにも、患者としては、研究者の方に、もっとこのメカニズムに注目して欲しいと思い、HPのなかで、これについて多く言及しています。


(参考1)
日常の健康:線維筋痛症

下記の論文は、2004年にアメリカのカイロプラクティック専門誌に掲載されたものです。
この中にも、
「線維筋痛症は、中枢感作症候群に分類されるグループの症候群中の一疾患であると認識されている」という記述があります。

*キーワードの日本語訳について

この疾患を表すキーワードである「central sensitivity syndromes」については、いろいろな日本語訳があり得ますが、当HPでは、これを「中枢性過敏症候群」と訳しています。
現在の日本では、これらの用語の統一された日本語訳はまだ確立していません。訳者によっては、「central sensitivity syndromes」「中枢感作症候群」と訳される方もいるようです。

*管理人注
下記論文の引用に当たっては、和訳した栗原輝久:パシフィック・アジア・カイロプラクティック協会・理事と、出典元のHP管理人、前田 滋パシフィック・アジア・カイロプラクティック協会教育委員長から、当HPへの引用許可をいただいております。
(論文名)
日常の健康:線維筋痛症
(英文題名:Wellness in Practice:Fibromyalgia)

著者名   Meridel Gatterman, D.C.
掲載雑誌  J Amer Chiropr Assoc(JACA) 2004 Jun;41(6):22-24
      Journal of American Chiropractic Association(JACA)
       2004年6月号、22〜24ページ
訳者:栗原輝久



「生体病理学的なメカニズム」より

線維筋痛症患者の研究から、神経内分泌の機能異常が明らかになったが、これには中枢感作や視床下部―下垂体―副腎(HPA)の軸線の異常が含まれる。
現在では、線維筋痛症は、中枢感作症候群(訳注1)に分類されるグループの症候群中の一疾患であると認識されている。
このグループに含まれるものには、線維筋痛症の疼痛、慢性疲労症候群、過敏性腸症候群、下肢制止不能症候群、緊張性頭痛、偏頭痛、化学物質複合刺激反応がある。

(管理人注:HP上記の「中枢感作の図」を参照)
中枢神経系感作は、さまざまなタイプの中枢感作症候群に共通する病原が結合した膠(にかわ)であると考えられている。
中枢感作は、通常であれば痛みを感じない程度の刺激、あるいは、非侵害性の末梢刺激に対する中枢神経系の過剰な反応であると定義されていて、この刺激には「接触」(この「接触」で痛みを感じるのであれば「異痛症」:訳注2)などがあり、中枢神経系ニューロンの興奮性亢進や過敏症を意味している。
中枢感作のほかの特徴には、疼痛時間の延長と頑固さがある。

侵害性ニューロンと非侵害性ニューロンとの間の「クロストーク」は、中枢神経系の神経可塑性と呼ばれている。
これは、中枢神経系機能は確立されているわけではなくて、末梢性の要素や環境的な要素によって変化することができるということを暗示している。

(管理人注:文中の「可塑性」という言葉は、HP下記の「4.脳の可塑性。脳は「痛み」を学習し、記憶してしまう」を参照ください)

興奮性アミノ酸のほかに、さまざまな神経ペプチド間の相互作用は、増強された刺激を脊髄後角において、あるいは後発事象の際に調節するが、これは、持続性の異常興奮性と過敏性を持った二次ニューロンにおける著しい機能的な変化、末梢性刺激の増幅、受容野の拡張、「wind up」現象(訳注3)へと至る。
「wind up」現象は、末梢のC線維に反復性の短時間の刺激を加えた後に、二次ニューロンの反応が徐々に増強し、そのために継続的な刺激に伴って、これらの二次ニューロンの反応は増強し、以前のものより強くなると記されている。
(訳注1)「中枢感作」
脊髄後角細胞が過敏状態になり、弱い刺激に対しても過剰に反応する症候群

(訳注2)「異痛症」
痛み、神経感作により、通常痛みを感じない程度の痛みでも、痛みを感じる現象。
片頭痛発作の75%は、末梢神経感作後に、中枢神経も感作されることが認められており、中枢神経感作が皮膚異痛症として発現すると、皮膚が過敏状態になる。こうなるとトリプトファン(異常に拡張した脳の血管を収縮させて、片頭痛を治める)も効かない。

(訳注3)「wind up」現象
末梢刺激をある一定の頻度と程度で刺激すると、脊髄後角細胞の反応が刺激ごとに増強していく現象。

(管理人注:「wind up」現象については、HP上記の「1.中枢感作」下記の「5.「え!こんなことで!?」悪化する可能性のある疾患」を参照ください)

(参考2)
日本国内の一般の方を対象にした医学事典でも、最新のものは、線維筋痛症と中枢神経の関係に言及がされているようです。下記にその一つを引用します。

最新の医学知識と健康生活のポイント満載・改訂版

「病気と症状がわかる事典」
(2009年日本文芸社出版)

「線維筋痛症*原因」
「まだ解明されていませんが、アメリカでは、中枢神経の機能異常によって、痛みが増幅されるのではないかと考えられています。」

(参考、及び出典)

HP
http://www.asahi-net.or.jp/~xf6s-med/jchiro.html
(Chiropractic in Japan)
カイロプラクティック・イン・ジャパン

2009年・日本文芸社出版
最新の医学知識と健康生活のポイント満載・改訂版「病気と症状がわかる事典」

(参考3)
(「中枢感作」が紹介された国内の論文)

「痛みの研究」

*2007年には、日本国内で「痛みの研究」が発表され、この研究には、新潟県医師会学術奨励賞が贈られました。
この論文は、痛みに関するこれまでの研究結果がまとめられ、痛みに関して研究されてきた流れが、概観しやすいと思います。患者にとっても有用な内容と感じたので、一部を下記に引用します。
専門用語が多く、わかりにくいかもしれませんが、参考になりそうな部分は太字にしたので、上記の記事とつきあわせて読んでいただければと思います。

「痛みの研究」
新潟県医師会報 H19.11  692:1-5

新潟大学大学院医歯学総合研究科器官制御医学講座 准教授
河野 達郎

はじめに

 私たちは手や足をどこかにぶつけると、「痛い!」と感じて、それを回避しようとする。つまり、痛みを感じることは私たちの体を守る生体の防御システムとして重要なものである。
世の中には、痛みを感じない、汗がでない「先天性無痛無汗症」という疾患がある。人は痛みを経験し学習する中で、自分の行動を制御していくが、痛みのない世界にいる子供は、その学習が難しく、防御反応が欠如している。そのため、乳児期に歯が生え始めると舌で歯をこすって深い潰瘍ができたり、指をかみ切ったりする。
・・・すなわち、私たちは痛みがあるので体の損傷に気付くことができ、痛みを感じることに感謝しなければならない。しかし、この痛みを治療せずに我慢し続けると慢性的な痛みになり、治療が困難になることがある。

実際、ペインクリニックには多くの難治性慢性痛の患者が受診してくる。これらの患者の多くは、非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)などの消炎鎮痛薬やモルヒネなどの麻薬性鎮痛薬にもしばしば抵抗性であるため、患者の苦痛は著しく、社会生活は制限を受ける。このように多くの患者が痛みに苦しんでいるので、「痛み」研究は必要である。

・・・1990年代のアメリカ議会による「脳の10年」と題した生命科学の振興策は、世界の脳研究の進歩に大きなエポックをもたらした。よって、アメリカ議会はそれに続く第2番目の生命科学の振興策として、2001年からの10年間を「痛みの10年(the Decade of Pain Control and Research)」(図1)とする宣言を採択し、この宣言に当時のクリントン大統領が署名した。

この宣言は膨張し続ける医療経済上の問題解決はもとより、痛みを持つ患者の病態の科学的解明とその治療および福祉の向上に向けての画期的な取り組みといえよう。これは、「痛み」研究のさらなる振興とその医療の刷新を目指したものであり、欧米諸国ではそのための様々な取り組みがされている。

さらに、この宣言によって、アメリカでは「痛み」を、体温、呼吸、心拍、血圧と同列の第5のバイタルサインとすることが決められ、痛みについて記載することが義務づけられた。

「痛み」とは?

 1965年に発表されたゲート・コントロール説1)以来、痛みの研究はこの40年ぐらいの間に急速に進んだ。
・・・では、どうして痛みを感じるのかを説明する。手足をどこかにぶつけると、まず「痛い!」と感じて、その後にズーンとした痛みが感じられる。最初の痛みが一次痛、次にズーンとくる痛みが二次痛である。
痛みの神経線維には有髄の細いAδ線維と無髄のC線維があり、速く鋭い痛みである一次痛を伝えるのがAδ線維であり、遅く鈍い痛みである二次痛を伝えるのがC 線維である。
研究の進歩によって、このような正常の痛み(急性痛)のメカニズムはほぼ解明された。

私たちの身体の皮膚には無数に痛覚受容器というものがあり、これが痛み刺激を感じてその信号を脳へ送り、痛みとして感じられる。つまり、痛覚受容器は組織が損傷したときの痛み刺激を末梢で最初に受けとるものである。

一次知覚ニューロンの細胞体は脊髄後根神経節にあり、軸索は中枢側と末梢側に分かれているが、痛覚受容器は末梢側の軸索の末端が形態学的に特殊化した自由神経終末である。
この痛覚受容器は機械的刺激のみに反応する機械受容器(mechanonociceptor)、熱刺激のみに反応する熱受容器(thermo nociceptor)、機械的、温度、化学的刺激などの質の異なる刺激に反応するポリモーダル受容器(polymodal nociceptor)に分類される。
組織が損傷されると、内因性の発痛物質が産生遊離され、痛覚受容器にある受容体に結合し、膜のイオン透過性の変化によって活動電位が発生し、痛みの神経線維を介してその情報は中枢側へ伝えられる。
次に、その痛みのインパルスが脊髄の背側半分にあたる脊髄後角に達し、二次知覚ニューロン(脊髄後角ニューロン)へのシナプス伝達が行われ、痛み情報を伝える。シナプス伝達とは、脊髄後角まで痛みのインパルスが到達すると様々な神経伝達物質が放出され、それぞれの伝達物質に対する受容体に結合し、ニューロンを介して情報を橋渡しすることである。

脊髄後角は、細胞の大きさや形やその密度などの形態学的特徴によってT層からY層に分けられるが、Aδ線維は主にT、U層に終末し、一部はV 層に終末する(図2)。C 線維は主にT、U層に終末する。

それに対し、痛みではない触覚・圧覚などの感覚情報は有髄の太いAβ線維によってVからY層に伝えられる。すなわち、感覚情報の種類によって脊髄後角に伝わる部位が異なっていることになる。その後、シナプス伝達を介した痛み情報は対側の脊髄視床路を上行し、視床から大脳皮質の体性感覚野に伝わり痛みとして感じられる。

 痛みを原因によって分類すると(生理的)侵害受容性疼痛、神経因性疼痛(neuropathic pain)、炎症性疼痛(inflammatory pain)、心因性疼痛に分けられる。手術侵襲に伴う術後の創部の痛みや帯状疱疹によって痛みを生じることがある。しかし、この痛みは一時的であり、多くの場合、組織の損傷が原因で、その原因が除去されれば痛みは消失する。
つまり、急性痛の生体防御システムであるから当然の反応であり、これを侵害受容性疼痛と呼んでいる。一般的なNSAIDs などの鎮痛薬はこの痛みには有効である。

慢性的な「痛み」とは?

 急性痛のメカニズム解明が進むうちに、ある種の痛みについて理解ができなくなってきた。例えば幻肢痛(phantom pain)である。失った手足に激痛を感じるというものであるが、痛覚受容器とは関係なく起こる痛みもあるのか?という疑問が湧いてきた。

急性痛は一時的であり、組織の損傷が治れば痛みも消えるということは先に述べたが、傷が完全に治った後でも、痛みが慢性的に持続することがある。

このような症例では、不快な異常感覚を伴う自発痛(dysesthesia)、弱い痛み刺激でも強く痛みを感じる痛覚過敏(hyperalgesia)、通常では痛みと感じない触覚や圧覚などの刺激により痛みが誘発されるアロディニア(allodynia)、幻肢痛などの異常な痛み感覚を伴うことが多い。例えば、アロディニアとは帯状疱疹の皮疹が治った後に衣服で皮膚をこすった時や日焼けの後に下着が触れるだけで痛みを感じることをいう。

 では、一体どのような痛みが慢性痛に移行するかというと、先に述べた神経因性疼痛や炎症性疼痛である。
神経因性疼痛とは末梢神経および中枢神経の損傷や機能障害による痛みを示す。これは、痛覚受容器が痛み刺激を受けていないにもかかわらず、末梢から中枢に至る痛みの伝導路の興奮が引き金となって生じる疼痛である。
また、炎症は生体組織に何らかの有害な刺激を起こす物質が作用したときに生体が示す局所の反応であり、生体防御反応の一過程である。内因性の発痛物質によって生じる痛みが炎症性疼痛であり、これ自体は生理的な急性痛である。しかし、時として慢性痛に移行することもある。・・・
慢性的な「痛み」の可塑性変化

 解剖、生理、薬理学を専門とする基礎研究者に加え、麻酔科医、神経内科医、精神科医などの多方面の臨床医などによる神経科学的研究の成果によって、徐々に慢性痛のメカニズムが明らかになってきた。しかし、そのメカニズムは複雑で多彩であるため、単一の原因では説明できない。

その中で慢性痛の原因として最も重要なものと考えられているのが“可塑性変化”である。可塑性とは元々物理学の用語であり、弾性限界を越える外力によって生じた変形が外力を除いても歪みとして残る性質である。末梢ならびに中枢神経系の機能的、構造的な可塑性変化がその発生機序のひとつであると言われている。

これを痛みに当てはめると、強い痛み刺激が長時間に渡って加わると、その刺激がなくなっても可塑性の歪みにより痛みが続くことになる。
慢性痛の発生には、痛み伝達系の末梢神経から大脳皮質にいたるまでの種々のレベルにおける可塑性変化が関与していると考えられる。
 私たち麻酔科医は鎮痛の手段として硬膜外麻酔や脊髄クモ膜下麻酔を行うことが多い。これらは脊髄後角レベルで痛みの入力をブロックする方法である。また、脊髄は最初に痛み情報のシナプス伝達が行われ、その入力が修飾される部位であり、ゲートキーパーとして痛みの伝達制御に重要な役割を果たしている。よって、ここでは末梢および脊髄における可塑性変化を述べる。

(※管理人注:「可塑性」については、「6、脳の「可塑性」脳は「痛み」を学習し、記憶してしまう。」をご参照ください。)

1)末梢性感作(peripheral sensitization)

これは一言で言うと、末梢にある痛覚受容器の感受性が亢進し、閾値以下の刺激でも痛みを感じるようになることである。

末梢組織が傷つくと、傷ついた組織および炎症部位に浸潤した白血球や肥満細胞、マクロファージなどからカリウムイオン、水素イオン、ブラジキニン、プロスタグランジン、セロトニン、ヒスタミンなどの内因性発痛物質や化学物質が産生され遊離される。
これらの生理活性物質を炎症メディエーターと呼んでいるが、これは“スープ”または“カクテル”として相乗的に一次知覚ニューロンの終末にある痛覚受容器に作用し、痛みや痛覚過敏を引き起こすことが知られている。
このように痛覚過敏状態が形成されることを末梢性感作と呼んでいる。さらに、上記のほか、種々のサイトカインや神経成長因子(NGF)なども関与していることがわかってきた。

組織の炎症によるインターロイキン1βなどの産生がNGF の産生を増加させ、それが疼痛閾値の低下に働いている。また、プロスタグランジンはシクロオキシゲナーゼという酵素によって産生されるが、このシクロオキシゲナーゼを抑制するのがNSAIDs であり、末梢性感作を抑制する効果があると言われている。

しかし、いったん末梢性感作が引き起こされると、さらに、これは次に述べる二次知覚ニューロンの中枢性感作に影響を及ぼすばかりでなく、交感神経節前ニューロンの異常活動をもたらす。

2)中枢性感作(central sensitization)

末梢性感作と同様に中枢性感作も可塑性変化のひとつである。この概念が提唱されるまで、痛み情報伝達におけるニューロン間のシナプス伝達というのは固定したものであり、それゆえに、感覚情報の処理過程は固定されているものと思われていた。よって、一定の痛み刺激により予想された反応がおき、ニューロン間の機能や痛みを受けとる範囲(受容野)は変化しないと考えられてきた。

しかし、痛みの神経線維の切断後に受容野が変化する事が見出され、末梢からの痛みの感覚情報の入力によって中枢性感作が誘起されることが次第に明らかになってきた。

中枢性感作は中枢神経系の二次知覚ニューロン、特に脊髄後角ニューロンの興奮性の増加であり、単一細胞レベルでは、「閾値」の低下を伴った受容野の拡大、末梢からの入力に対する後角ニューロンの反応性の増大である。

すなわち、電気生理学的にはそれまで「閾値」以下であった入力が活動電位を生じさせるようになり、受容野が拡大することになる。また、行動学的には、損傷を受けてない部位の痛覚過敏(二次性痛覚過敏)とアロディニアとして示される。


3)神経の再構築(reorganization)

1992年、Woolf らが痛みの末梢神経切断後に、脊髄後角において、情報伝達回路網の可塑性変化が起こることを報告した4)。

正常では触・圧覚などの情報は、Aβ線維によって、第V層以下の深い層に伝えられる。しかし、坐骨神経切断モデルでは、一部のAβ線維が、本来の部位とは異なる第U層に軸索を伸ばすようになること(軸索発芽:sprouting)を示した。

つまり、本来触覚などの痛みとは関係のない情報を伝えるAβ線維が、神経切断後では痛みの伝達に重要である第U層にその情報を伝えるようになることから、この軸索発芽が末梢への触刺激によって痛みが誘発されるアロディニアの発生機序のひとつである可能性が示された。
では、どのようにして軸索発芽が起きるのか。神経切断後にC 線維の変性が起こり、その主な終末部位である第U層からC線維が脱落し、その層にほぼ限局して脳由来神経栄養因子(BDNF)が著明に増加することから、BDNF がAβ線維の軸索発芽を誘発している可能性が考えられる。

4) 長期増強(LTP:long term potentiation)、長期抑制(LTP:long term depression)

 長期増強や長期抑圧は神経の活動頻度や活動パターンに依存して、シナプス伝達効率が可塑的に変化する現象で、脳の海馬や小脳などで観察され、記憶や学習に関連していると考えられている。脊髄後角でも長期増強と長期抑圧の存在が報告されている。これらの現象が痛みとどのように関わっているかは今後明らかになってくると思われる。



5)遺伝子発現の変化

 痛みは単に細胞の興奮を引き起こすだけでなく、興奮の結果細胞内カルシウムイオン濃度を増加させる。それが引き金になって二次知覚ニューロンにc-fos、c-jun などの何種類もの前初期遺伝子(immediate early gene)が発現して、さまざまな蛋白を合成する。これらの蛋白は細胞内で遺伝子レベルの変化を引き起こすことにより、痛みは細胞レベルで記憶されるのではないかと考えられる。

確かに痛みが神経系で記憶されることは幻肢痛の存在からも推察される。手術前からの痛みが中枢神経系のニューロンを感作することにより記憶として蓄えられるのであろうか。また、慢性痛も同様に、以前からあった痛みが細胞レベルでの記憶として残っているためなのであろうか。
皮膚への痛み刺激によって遺伝子発現が変化することは、伝達物質の新たな産生やシナプス伝達効率の変化だけでなく、伝達回路の可塑性変化を引き起こし、痛みの伝達を長期的に修飾して、痛みの記憶や幻肢痛などに関与しているかもしれない。
6)抑制系の低下(disinhibition)

神経伝達物質には興奮性のものとしてグルタミン酸、抑制性のものとしてγアミノ酪酸(GABA)やグリシンがあるが、正常のシナプス伝達ではこれらの興奮系および抑制系がバランスを保って機能している。しかし、神経因性疼痛モデルでは興奮性および抑制性機序のバランスが崩れている。神経因性疼痛モデルラットでは正常ラットに比べ、興奮性機序は比較的保たれているが、シナプス終末からのGABA の放出が低下している5)。

さらに、このGABA の放出低下がGABA 合成酵素であるグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD65)の低下によるものであることが明らかになった。
それに加えて、モデルラットではGABA を含んだ抑制性細胞が選択的に細胞死を起こしていた。つまり、抑制性伝達物質および抑制性細胞の減少の両者により、抑制性伝達が低下することで相対的に興奮性伝達が増強することがわかった。

7) グリア細胞の活性化

・・・これまでの慢性的な痛みに関する知見の多くは末梢神経(一次求心性線維)や脊髄後角レベルにとどまり、それ以上の上位中枢レベルでの研究はあまり行われてこなかった。今後、fMRI などを用いた脳機能画像を用いた痛みの研究により病態の全体像が明らかになることが期待される。

先制鎮痛

これまで述べてきた痛みの可塑性変化は手術後の痛みについても起こりうる。
そこで、Preemptive nalgesia(先制鎮痛)という概念が生まれた。これは痛み刺激が加わる前にその痛みをブロックしておこうというものである。

1986年、Woolf ら7)は実験動物で、痛みの入力によって増加する脊髄後角細胞の興奮性は、痛み入力に先だって麻薬を投与すると、後で投与するよりもより効果的であることを発表した。

すなわち、痛み刺激が加わる前に、1)局所麻酔薬による痛みインパルスの遮断、2)麻薬による疼痛閾値の上昇、3)消炎鎮痛薬による局所の炎症の抑制などを施しておくことで、上記の末梢性および中枢性感作が抑制されるためと考えられた。
つまり、手術前に脊髄硬膜外腔に麻薬や局所麻酔薬を投与すると手術後の鎮痛薬の使用量を減らすことができることになる。

しかし、中枢神経は手術中のみならず、組織損傷に伴う炎症反応により、手術後も末梢より痛み入力を受け、中枢が感作され、痛覚過敏状態が形成される。そのため、手術前の痛み入力を遮断すると共に、術中および術後にも鎮痛を施し、中枢性感作の発生を予防する必要がある。



おわりに

 「痛み」研究の最終の目的は、痛みを取り除き、患者のQOL を向上させることであるが、これまで述べてきたように、痛みの多様性で複雑なメカニズムによって、多くの慢性痛では明確な原因を特定し、それに対する治療を施すことが非常に難しい。これまで、ペインクリニックでは神経ブロックを主体とする治療を行ってきたが、これだけでは不十分である。

欧米諸国のように様々な専門領域の医療従事者や基礎医学の研究者も含めた学際的な取り組みが必要である。国際疼痛学会は慢性痛に対する最も望ましい施設として学際的痛みセンターを規定している。
これは多面的な慢性痛の治療のため、精神療法、理学療法を含む臨床各科および基礎医学が密接に連携して痛みの治療・研究・教育を行うセンターであり、世界各国で整備が進んでいる。今後、このようなセンターが我が国でもできることを切望する。

文献
1)Melzack R et al: Science 150: 971, 1965.
2)Bennett GJ et al: Pain 33: 87, 1988.
3)Kim SH et al: Pain 50: 355, 1992.
4)Woolf CJ et al: Nature 355: 75, 1992.
5)Moore KA et al: J Neurosci 22: 6724, 2002.
6)Tsuda M et al: Nature 424: 778, 2003.
7)Woolf CJ et al: Neurosci Lett 64: 221, 1986.

*(管理人注)
文献リストを見ると、すでに世界的な評価を獲得している重要論文が多いように思います。

論文中の、2)中枢性感作(central sensitization)」には、「閾値」(いきち)という言葉が出てきます。この「閾値」という概念を使うと、患者として感じる痛みの内容が、わかりやすく説明できるように感じます。

この「閾値」については、下記の「6.患者が感じる感作と閾値の関係(管理人の例)」で、この「閾値」をめぐるメカニズムについて、患者として感じたことをまとめました。





(参考4)
「東洋医学・鍼灸ジャーナル」14.15号、

特別座談会「中枢感作症候群と変化する西洋医学」

(14号・本文より)

現在、線維筋痛症や慢性疲労症候群などを「中枢感作症候群」としてとらえ治療する傾向が、欧米を中心に強まっています。

そんな現状を踏まえ、中枢感作症候群の歴史的な意識と概念を、どう鍼灸治療に生かしていくべきか、専門家がさまざまな角度から紹介しています。

*出席者
伊藤和憲

:明治国際医療大学・臨床鍼灸学教室講師、2004年より「線維筋痛症外来」を開設。基礎と臨床の面から「線維筋痛症に対する鍼灸治療の可能性」を検討している。

伊藤講師については、HPの「問い合わせについてQ&A」「鍼灸治療」を参照

今井賢治

:明治国際医療大学・臨床鍼灸学教室準教授、専門は「自律神経機能に対する鍼灸の効果と機序」など。



福田文彦

:明治国際医療大学・臨床鍼灸学教室準教授、専門は「ストレス疾患への鍼灸治療」など、最近は、慢性疲労に対する鍼灸治療の研究も行っている。

*管理人注

患者さんに話を聞くと、鍼灸治療で一時的に痛みなどの症状が消えた、楽になったという方がいる一方で、うまく適合しなかった方もおられるようです。

鍼灸にはさまざまなやりかたや流派がありますし、また、線維筋痛症に詳しいかどうかや治療側との相性もあるようです。詳しくはQ&A鍼灸治療のページを参照下さい。



(東洋医学・鍼灸ジャーナルHP)

http://www.fujisan.co.jp/product/1281682643/b/335887

http://www.fujisan.co.jp/Product/1281682643/b/351431





(参考5)

「保健同人社・暮らしと健康」2011年3月号



「慢性頭痛の治し方」(大和田潔・東京医科歯科大学身臨床教授による)

(大和田潔:東京医科歯科大学大学院で基礎医学研究を修め、現在、頭痛専門医、神経内科専門医)

管理人注:

慢性頭痛の代表格である片頭痛に悩む人は、日本人の40%にのぼるそうです。線維筋痛症患者の多くにも慢性頭痛の症状があります。

この記事では、その慢性頭痛が中枢感作で起こるメカニズムを解説しています。


*「慢性頭痛」(一時性頭痛)について

・慢性頭痛の代表格である偏頭痛は、男女比は3:1と、圧倒的に女性が多い。

・頭痛に至るまでの限界値(閾値)には個人差がある。

・痛む箇所も移動することがあり、頭痛に先駆けて首や肩の張りが始まる人、目の奥に痛みを感じる人、何かに叩かれたような痛みを感じる人などさまざまな痛みがある。

*慢性頭痛の正体

・なにかしらの引き金があると、それが三叉神経と脳の興奮性を高め、血管拡張を招き、痛みがさらに増加する。

・三叉神経などの過剰な興奮は、脳の吐き気中枢やめまい中枢を刺激し、アロディニアにつながっていく。
(こうして脳が刺激に過敏になっていくことを「中枢感作」と呼ぶ。)

・その結果、痛みの情報が再び脳を興奮させる回路ができあがってしまう。(中枢感作が起こっている状態)

・このように、脳が持続的に興奮状態に置かれると、筆者が「痛み過敏脳」と呼ぶ中枢感作状態に陥り、慢性頭痛の悪循環が始まる。

(つまり、「閾値」が持続的に低下している状態。)







(参考6)
NHK「ためしてガッテン」(2011年9月28日放送)

不眠・めまい・耳鳴り 不快症状を解消せよ!
脳がささいな刺激に過敏に反応してしまう「脳の過敏状態」とは

「脳の過敏状態」
9月28日放送の「ためしてガッテン」は、不眠・めまい・耳鳴りなど、病院にどれだけ通っても原因不明と言われる「不定愁訴」は、脳がささいな刺激に過敏に反応してしまう[脳の過敏状態]が原因の一つだったという内容でした。

番組では、光がまぶしいとか肌がぴりぴりするといった症状(アロディニアという)も、やはり「脳の過敏状態」が原因で起こるという説明がありました。
この[脳の過敏状態]は、このHPの「中枢性過敏症候群」と、内容は同じです。
線維筋痛症は、この[脳の過敏状態]が行きつくところまで行ってしまった疾患・病態であるといえます。
(海外では2005年にこの概念をまとめた本が出版されました。上記で紹介している本です。)
*「線維筋痛症とそのほかの中枢性疼痛症候群」
(Fibromyalgia & Other Central Pain Syndromes)

日本では、頭痛学会の中に、患者の脳で、この[脳の過敏状態]が起こっているということを認める流れが出てきたということです。
(下記の日本頭痛学会総会でのトピックスを参照ください)


「トリプタン製剤」
また、番組中で、「トリプタン製剤」がこの「脳の過敏状態」(中枢性過敏症候群)の予防に効果があると紹介されていました。
トリプタン製剤は、頭痛の発生に関係する脳血管、三叉神経、脳のいずれにも作用し、異常を正す働きがあります。

この「トリプタン製剤」の処方については、HPで紹介している「線維筋痛症がわかる本」(戸田克広著)が詳しいです。
最初に「ためしてガッテン」のHPをみると、この本の内容が一層わかりやすいと思います。
(ためしてガッテンHP)
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20110928.html

ただし、私自身は薬剤の副作用が激しく、治療に薬剤は使いませんでした。
私はトリプタン製剤ではなく、HPで紹介している治療法で劇的に回復しています。



(参考として)

第38回 日本頭痛学会総会でのトピックス1より、「ためしてガッテン」の内容との関係個所を引用します。

(前略)

B群発頭痛の発作期間では脳波上、全般性過敏状態が観察される事が多く、発作期間が終わっても1-2ヶ月続く。
バルプロ酸の服用は発作開始からこの時期まで継続することが必要。

C群発頭痛の発作期間とともに帯状疱疹ウイルス活性化が指摘され高値を維持する。
三叉神経周囲のサテライト細胞内に帯状疱疹ウイルスが存在し、群発頭痛の症状発現に関与することが推測される。

三叉神経痛ではビタミンB12の静注は2/3で有効であった。内服では19%、テグレトールでは39%であった。



脳過敏症候群:
「日常生活に支障を来たすような片側・両側の頭鳴・不眠・不安の増強、高次脳機能の一時的障害、連日の頭重感である。
脳波では全般性の過敏状態が見られ、片頭痛・慢性頭痛の既往がある。
もしくは二親等以内に家族歴があり、他の疾患によらない。」小児からの適切が治療が肝要である。

(後略)


管理人注:

上記の脳過敏症候群は、当HPでいう「中枢性過敏(感作)症候群と、ほぼ同じ概念を指していると思われます。

4.脳の「可塑性」。脳は痛みを学習、記憶してしまう

中枢神経細胞の「可塑性」

痛みを与える疾患や傷はすでに完治して、つまり、痛みの原因はとっくに消えているにもかかわらず、その後、何年も痛みが続くことがあります。一般には「慢性疼痛」と呼ばれ、これもやはり不思議な現象なのですが、 この現象を引き起こす脳の性質のことを「可塑性」と呼ぶようです。
「可塑性」というのは、簡単に言うと、粘土を指で押したときに粘土が指の形にへこみ、その跡がずっと残るような性質のことです。
人間があることを「学習」したり、あるいは、「記憶」しようと努力したりすると、その「学習」や「記憶」が、ずっと脳に残ります。「可塑性」とは、そういう学習や記憶など、脳の持つ基礎的な機能でもあるようです。

これと同じように、強い痛みが続き、脳や脊髄の中枢神経細胞が興奮したまま元に戻らない状態が長く続くと、あたかもそれを記憶したように、痛みがその後もずっと続くという現象が起こるようです。
その結果として、痛みを引き起こしていた患部が治っても、気圧や温度の変化などの刺激でも、痛みを感じるようになるという現象が起きてしまいます。

この「慢性疼痛」も、治療薬はまだ見つかっておらず、現在のところは、痛みの信号が中枢神経に入るのを、即効性の鎮痛剤や局所麻酔薬で遮断するのが有効な対策ということです。
「痛む」ことじたいが独立した病気

2008年11月に、NHKの「ためしてがってん」で、この「慢性疼痛」についての特集がありましたが、「可塑性」という現象についても、番組の中で次のような紹介がありました。

「原因がないのに痛む」そういう人の体内では、脳に痛みが記憶のように刻み込まれてしまい、ささいな刺激さえ激痛に感じる「痛み増幅装置」に脳が変化してしまったと考えられます。
たとえばバイク事故で左手首を切断してしまった人が、事故当時、激痛を3時間我慢していたので、その間、脳に痛みが刻み込まれ「現在、ないはずの指の痛みに苦しんでいる」つまり、存在しない不思議な痛みに苦しんでいるという例があります。
そして、痛むこと自体が独立した病気、「痛み病」ということで、どこといって悪い場所がないのに、脳中枢で痛みを感じる疾患が存在します。

脳中枢で痛みを感じる疾患ということでは、線維筋痛症と共通項を持つともいえるのではないでしょうか。
「可塑性」だけでは説明のつかない現象?

この「可塑性」については、線維筋痛症患者としては、身体で理解できる部分があります。
しかし、それでは、ものすごい痛みからかなり回復していた段階の私が、なぜ大根を持ってたった80メートル歩いただけで、普通の人にはあり得ないような、呼吸も出来ないような激しい痛みが発生したのでしょうか。しかも、痛みは、背中、脇腹、腰、首と、広範囲に起き、それが80日も続きました。
このように健康人ならなんでもない、ほんのちょっとした動作が、線維筋痛症の場合は非常に激しい痛みを、それも広範囲に引き起こすことについては、私自身は、「可塑性」だけでは説明が付かないような気がします。
しかし、これに「中枢感作」[wind up]現象を当てはめてみると、この現象がよく理解できると思います。
「可塑性」は、誰の脳にも普遍的に備わった機能だと思いますが、線維筋痛症患者の脳は、それだけでなく、異常な[wind up]現象、「中枢感作」を起こしていると考えると、患者としては納得できます。

脳の「可塑性」、つまり「記憶」する脳の機能を変更させる治療は、まだ見つかっていないと思いますが、私が受けた治療は、「可塑性」のある脳に、痛み信号を電気エネルギーのように送り続けている痛んだ筋肉を治療し、痛み信号の量を減らしていきます。
つまり、異常な[wind up]、「中枢感作」を起こしている脳へ、それを起こすエネルギーを送っている源を治療し、送られているエネルギーを断つことで、[wind up]を押さえ、痛みを少なくしていくことを主眼とした治療と言えると思います。

*上記について、翼突筋除痛療法を行っている医師に確認したところ、患者さんがたの理解のためには、この説明で問題はないということですが、その一方で、翼突筋除痛療法の場合は、第1回目の施術後すぐに、患者の身体、症状に鋭い変化が起こります。
この現象は、「可塑性」「中枢感作」、どちらの概念を用いても完全には説明することができないので、おそらく、この概念からはみ出た何かしらのメカニズムによって、この変化が起きるのだろうということでした。

いずれにしても、「中枢感作」「可塑性」のどちらも、患者自身が知っていれば、自分の状態や症状などについて、より把握しやすくなるのではないかと思います。

(この記事の文責は、HP管理人の私にあります)


参考および出典

2003年・共同通信社
「最新医療情報・慢性疼痛の対策が可能に、半場道子さんに聞く」

2008年・NHK「ためしてガッテン」HP

5.「え!こんなことで!?」悪化する可能性のある疾患

ささいなことで起こる痛み

「中枢感作」[wind up]ともに、まだ日本では十分に浸透していない概念だと思います。とくに、「中枢感作」は、ずっと国内で疼痛研究をしてきた研究者の間でも、まだ一般化されていない概念のようです。

しかしながら、患者の一人としては、この「中枢感作」[wind up]を理解することで、自分の身体に起こっている変化を理解しやすくなったり、患者の立場から大脳指向型(BOOT)咬合療法に協力しやすくなったり、また症状の悪化を未然に防ぎやすくなったりすると思います。

具体的に言うと、この疾患は、健康な人から見て「え?こんなことで?」と思うようなささいなことで、ものすごく悪化することがあります。
HPの「M.医療側スタッフの声」「3.この治療でよくならない場合」で書いたように、私は治療の途中で、八百屋の店先で大根とカボチャを買って80メートル歩いただけで、その翌日から、呼吸するだけで脇腹や背中に激痛が走るくらいに悪化し、大根を持って歩く前の状態に戻るのに、7,80日かかったことがあります。

この現象は、「中枢感作」および[wind up]現象を考えると、理解しやすくなると思います。
大根を持って80メートル歩いただけで、なぜ腕だけではなく、背中や肩、首、腰関節、脇腹などが広範囲に痛くなるのか、それは、この疾患によって起こる痛みが、腕や肩などの具体的な部位に損傷があるからではなく、脳中枢で感じる痛みだからと思われます。

前ページの「中枢感作」の中で書いたように、脳中枢は、疼痛の感度を増大する機能を持っており、この異常な痛み感度の増大が起こる[wind up]のことを、「中枢感作」と呼びます。
この[wind up]現象にあてはめて、私が大根を持ち歩いた行為を考えれば、「脳中枢で、異常な痛み感度の増大が起こる」疾患を抱えた私が、大根を持ち歩くことによって、この行為による小さな刺激が「痛み信号」として身体に入力され、それが、脳の痛み感度の増大([wind up]現象)によって、脳中枢で増幅され、増幅された痛み信号が、全身を過剰に巡り、全身が疼痛に包まれた状態になって、腕、肩、首、背中、腰関節など、広範囲にわたって痛んだと考えれば分かりやすくなります。

なぜ、脳中枢が、いわば痛みの「ブースター(増幅器)」のようになって、入力されたささいな痛み信号を異常な大きさに増幅し、その増幅された痛みを全身に供給してしまうのか、そのメカニズムの全容は明らかになっていませんが、私が受けた大脳指向型(BOOT)咬合療法は、いわば次のように言えると思います。

その異常な痛み信号の増幅が起こってしまう脳中枢を、壊れて大音量の音を流し続けるラジオに例えるとします。
壊れたラジオの修理方法、それはまだ明らかになっていませんが、故障したラジオには、電気(過剰な痛み信号)を送っている元があると考えられます。常に過剰な電気がラジオに送られていることによって、ラジオ(脳中枢)が大音量の音(激痛)を流しているわけです。

つまり、電気を送っている元(電源)と目される外側翼突筋を治療して、回復させ、ラジオ(脳中枢)に電流を供給しないようにすれば、ラジオが流す大音量の音(痛み)も止まるということになります。
したがって、電源である外側翼突筋を修理、治療すれば、電流の流れが止まり、中脳の痛み感度の異常な増幅、つまり異常な「中枢感作」が収まってきます。「中枢感作」がおさまってくれば、小さな痛み信号が入力されても、それが増幅され、全身に供給されるのを防げるということになります。
私が大根を持って歩いて、その結果として全身が疼痛に包まれたのが、治療を始めてから1年2ヶ月後でしたが、それからまた外側翼突筋の治療を続けて、治療開始後約2年の現在では、同じくらいの痛み信号の入力でも、疼痛の大きさはかなり減ってきています。

それにしても、最近も、体重5キロの飼犬を膝の上に載せて、階段をいざりながら上がっただけで、痛み信号の入力につながったらしく、痛みが再発してしまいました。
本当に、健康な人なら「たったそれだけで?!」と驚くようなことで、身体の広範囲が激しく痛み、その痛みが、常識では考えられないくらい、長く続きます。

とくに、悪化して状態が固定しているときは、辛さを我慢して何かしようと努力したり、何かを成し遂げようと頑張ったりすると、まさに懲罰的に、激しい痛みが襲ってきます。
これも、[wind up]現象を考えれば説明が付きますが、それにしても、「努力が報われず、頑張ったことに対してご褒美ではなくしっぺ返しがくる」。線維筋痛症のこういった側面は、患者さんの多くを絶望的な気持ちに陥らせると思います。そういう意味では、本当に非人間的で恐ろしい疾患だと思います。

[wind up]現象を防ぐには

一患者として考えた場合、悪化している間、あるいは、まだ十分回復していないときの[wind up]現象を防ぐには、次のようなことが重要ではないかと思います。
この疾患を発症してある程度、時間が過ぎると、どの患者さんでも、自分の身体に訪れる微細な変化を、とても俊敏に感じ取れるようになっていると思います。
その身体の喋る声に耳を傾けていると、痛みにも、赤信号とか黄信号とか、いろいろな種類があることが分かってきます。
「これはやばい」「危ない」つまりこれをやり続けると悪化すると感じ取れるような痛みのときは、すぐにその動作を止めて、信号が消えるまで、よく休むことが重要ではないでしょうか。


一方で、私が受けた治療法は、相当高い確率で回復する可能性があり、私もかなりの回復をすることが出来ました。
そして、回復してきて、多少の痛みはあるけれども、その行為を続けていると楽しい、心地よい、やればやるほど調子が良くなる、そういうときは、私の経験からいって、まず痛み信号の入力にはつながりません。
具体的に言うと、散歩していて、散歩じたいが楽しいとき、まだまだ続けて歩けそうだと身体が感じるときは、そのまま散歩していても大丈夫でした。ただし、その途中でとつぜん黄色信号が点るときがあり、私は、身体が発する黄色信号を感じると、すぐに近くのベンチでしばらく座って休むとか、コーヒーショップで休憩をとるとかしていました。
黄色信号が点っても、まだ歩き続けていると、黄色信号は、やがて赤信号に変わります。これは、長い間病人をやっていると、非常によく分かる変化です。そして、赤信号が出てもまだ歩いていると、翌日に、必ずしっぺ返しが来ました。

家族の方にも理解してほしい

この「中枢感作」[wind up]現象は、患者のご家族の方にも、できれば理解して欲しいメカニズムです。
一度この疾患を発症すれば、たとえ重量挙げのチャンピオンであろうと、プロレスラーであろうと、「え?そんなことで?!」と驚くようなささいなことで、激しい痛みが起きます。
健康な人には信じるのが難しいかもしれませんが、しかし、患者の身に、実際に起こっていることではあります。
患者さんを絶望の淵にたたき落とすことさえある、そういう激しい痛みを防ぐにはどうしたらいいのか、それは、ご家族の理解と協力が不可欠のように思えます。
なぜ患者さんに、そんなささいなことで激しい痛みが起こるのか、その理由は「中枢感作」[wind up]現象を知ることで、理解しやすくなるのではないでしょうか。

患者さんは、自分の身体に訪れている変化に、非常に敏感です。その患者さんが、「危ない」と感じるときは、ご家族の方にSOSを出すこともあるでしょう。
そういったときに、「そんなこともできないの?」とか、「そのくらい、何とかなるだろう」とか、「きのうは自分でやれたじゃないの」とか、いろいろ思うことはあると思いますが、この患者が感じる痛みは、中枢性の痛みであるために、痛い箇所は毎日違いますし、また、痛みの波は、日々変化します。

患者さんが身体の黄色信号、赤信号を感じて、家族の方にSOSを発していたら、それはさらなる激痛を引き起こさないための自衛手段、予防と理解していただき、患者さんに協力していただければと思います。
「瀬戸物の食器が重くて洗えない」「引き出しが重くて服が出せない」「身長より少し高いところにあるものが取れない」とか、患者さんが健康だったころを覚えている家族の方にとっては、「何言ってるの?」と呆れるようなことが、できないことも多いです。
面倒だから言っているのだろうと思う方もおられるでしょう。でも、患者さんにとっては、それは切実なSOSなのかもしれません。
家族の方にはぜひ上記の「中枢感作」[wind up]を理解していただければと思います。

家族の方の理解と協力は、痛みの中にいる患者さんを、さらなる苦しみの中に突き落とさない、大きな力になると思います。

6.「中枢感作」を押さえる過ごし方

*一時より激減しても、残る痛み

現在の私は、Pian Vision(痛み計測器)で測った痛み数値が推定2000を超え、ほとんど動けなかった状態から、見た目は健康な人と変わらないくらいまで回復しています。
しかしその一方で、激減したとはいえ、痛みじたいは残っていますし、これからはそれを増幅させないようにしながら、さらなる回復に向けて粘り強く療養する必要があるでしょう。

重症の時、「中枢感作」による痛みの増幅が、たとえば幅1メートルくらいあったものが、治療を行った結果として、10センチメートルくらいに収まってきて、痛みじたいは相当減ってきています。しかしまだ、「中枢感作」は完全には収まっておらず、ささいな痛み信号が入力されたとき、それが増幅し、全身に供給されるメカニズムは残っているわけです。
身体を回復させる時期には、余分な痛み信号の入力を極力減らし、じっくり回復を待つことが必要だろうと思います。

それでは、いまだ「中枢感作」が残る身体で、余分な痛み信号の入力を避けるには、どんな工夫をすればいいでしょうか。
下記に私自身の失敗例と、その結果として工夫したことを挙げたいと思います。

前ページ、「2.え!こんなことで!?悪化する可能性のある疾患」で、飼い犬を膝に抱いて二階に上がり、悪化した失敗例を上げましたが、じつは私はその前に、5、6回、まったく同じ行動をとっています。そして、そのたびに少しずつ「まずい」という身体感覚はありました。(つまり、そのとき、身体は黄色信号を発していたことになります)。悪化したときは、その「黄色信号」が「ついに赤になってしまった」という感じで、急激に痛みが来ました。
ほかにも悪化した経緯を振り返ってみて、「痛い」とか「まずい」と感じたときのことをチェックしてみると、「黄色信号」の時に、少ない量ではありながらも痛み信号が入力され、その合計がある限度を超えると、急激に症状悪化の方向に切り替わる感じがあります。

そして、そういった記憶を辿ってみると、およそ次のような行動が痛み信号の入力につながるようです。ただし、これは私の場合であって、身体のどこの箇所に、もっとも強く痛み入力があるかは、患者さんによってそれぞれ違うようです。
私の場合は、上肢とその関連箇所(手、腕、肩、肩胛骨のあたり)を強く動かしたときに、より大きく痛み信号が入力される感じがありますが、下肢のほうに強く感じる人もいるようです。より強く痛み入力がある箇所によって、対応策は違うと思いますが、下記は私の例です。

*身体が「黄色信号」を感じたとき

・身の回りで予想の付かないことが起こり、反射的にすばやく身体を動かしたとき
・予期しないことが起こり、あわてて、予定外の行動を取ったとき
・あるべき場所に、あるはずのものがなく、いろいろなものをどけて、その下を探したり、いくつもの引き出しの中を探ったりするとき。

これら一つ一つは非常に些細な、小さなことだと思います。
具体的に言えば、以下のような感じです。

・こちらが予想しなかったときにとつぜん飼い犬が飛びついてきた。
・家族が突然、出かけると言い出し、それに合わせて、あわてて、かつ急いで家の戸締まりを見回った。
・ハサミ、ボールペン、消しゴムなどが、あるべき場所に見あたらず、あちこちを捜し歩いて、本や新聞をよけたり、引き出しの中を探ったりして、見つけるのに時間がかかった。
・瀬戸物の食器を、食器棚の肩より高い位置から取り出した。

などです。身体を観察していると、こういった微細なことで、痛み信号の入力があり、それが一定量以上に蓄積されると、回復が止まり、症状悪化の方向に切り替わる感じがあります。そして、以下がその対策として工夫したことです。

*徹頭徹尾、痛み入力が極力ないような体制を作る。

1.それらの行動を自分自身で極力、自戒する。

2.一緒に暮らす家族には、日常使うさまざまなものを、必ず決まった場所に戻すことをお願いする。それぞれの物の定位置を決め、家族にそれぞれの場所を暗記してもらい、なにか使ったら必ず元の場所に戻す、現状復帰してもらうことを確認する。

3.日常使う食器については、私用のプラスチックのものと、それ以外のものに分ける。私が使用する食器は、私の肩より低い、取り出しやすい位置に並べ替える。

4.家族に、上記の「中枢感作」のメカニズムについてよく説明する。そして痛み入力につながった行為の詳細をていねいに説明する。次に、下記のようにそれを避けるための方策を話し合う。
たとえば、家族がとつぜん何かを思い立ち、こちらがそれに合わせるような行動パターンを避ける、あるいは、家族には徹頭徹尾、こちら側のペースに合わせてもらう、患者側がとつぜん家族に何かをやらされる、不意打ち的に、患者が何かをやる羽目になることを避ける、など。

家族は一時、完全に「生きる屍」状態だった私を見ていて、いっときは、一生「重度身体障害者の車椅子を押す」ことを覚悟したようです。治療の結果として、私が非常に回復したこと、また、さらなる回復のためにこれからさらに努力をする必要があることを説明し、その上で、中枢感作や上記について説明したら、理解しやすかったようです。

5.回復してくると、この疾患の患者の多くは、普通の人から見て、まったくの健康体にしか見えなくなると思います。そういった場合、疾患についてよく知らない人に、上記のようなこまごまとしたことを理解してもらうのは非常に大変なので、療養する段階では、不意打ち的な「痛み入力」につながりそうな、新しい人間関係は作らない方がいい場合もあるかもしれません。

たとえば何かの集まりなどに行った場合、患者は普通の健康人にしか見えないため、それを知らない人から、荷物を運ぶことを頼まれたりすることがあり、その場の人間関係を壊さないために、それをやらざるを得なくなったりします。
患者がそういった無理をすると、症状を悪化させることもあると思います。
私も大きく悪化する前に、ある集まりに出て清酒の一升瓶を運ばされ、その後、交通事故に逢ったように悪化したことがあります。

*回復するべき時期に、私が悪化した例

(参考までに、回復に向けた時期に私が悪化したときの出来事を記します。)

1.突然の動作
飼い犬い犬を連れて家族と一緒にお寺に行ったときのことです。
私はお寺の由来が書かれた標示板を見るのが好きなので、立ち止まってそれを読んでいたら、家族が連れていた犬が私の方に来たがり、家族は犬をつないでいた紐をはずしました。
犬は喜んで私の方に走ってきましたが、私は犬の動きを知らず、ふと振り向いたら、犬と一緒に向こうから車が来るのが見えたので、犬が危ないと思い、駆け寄ってきた犬を制御しようとして、急いでその場にしゃがみ込みました。その途端に、猛烈な眩暈に襲われました。
回復してからは、一度も経験していなかったような強い眩暈でした。地球がぐるぐる回るような強烈な眩暈に襲われて、私はそのまま、動けなくなりました。明らかに「危険」「まずい」といった赤信号でした。

このように、とつぜん何かものかに不意打ちされ、反射的に急激なスピードで、自分でも予期しなかった行動を取ると、非常に強い信号が入るようです。
眩暈は、少し経つと収まりましたが、それから、案の定という感じで、全身の痛みが始まりました。家に帰ってから1時間くらいは起きあがれないような痛みが続きました。
このような、強い信号が入ると、同時に顎の調子が悪くなります。このときも、口を大きく開けるときに痛みが発生しました。

2.落ち葉掃き
家の周りに落ち葉が沢山落ちたので、庭ぼうきで、広範囲に落ちた落ち葉をかき集めました。すると、庭ぼうきの毛先がアスファルトに触れるときの「ざらざら」といった振動が原因になったようで、翌日に非常に状態が悪くなり、上肢とその周りを中心に、相当強い痛み、全身の疲労感が発生しました。

私の場合は「振動」に非常に弱く、最悪期は、車椅子に乗っているときの振動が非常に辛かったですし、良くなってきてからも、車輪付きの買い物車を押すと、買い物車の振動が手から伝わってきて、船酔いのように、具合が悪くなりました。バスもタクシーも、「振動」が辛くて乗れませんでした。
この「振動」が辛いとか、「振動」が身体に伝わると、非常に悪化するというのは、線維筋痛症が中枢性の疼痛疾患であることと、関係しているのかもしれません。
このときも、口を大きく開けると、痛みが発生しました。

*回復への切り替え

上記のように、身体に痛み信号が入ったと思える行動をチェックし、それを取らなくても済む体制を取り、実際にそれが実行されてみると、身体は少しずつ回復に向かいます。
やはり、身体そのものは回復したがっていて、痛み信号の入力が、「ある一定枠」以下に制限されると、そこから少しずつ、回復していく感じです。


*仕事場への復帰

この疾患の患者さんが、見たところはまったくの健康体に見えても、仕事を続けるのが困難になったり、回復してからも職場復帰できると実感できるところまでなかなかこぎつけられないのも、上記のようなメカニズムが絡んでいるように思います。
職場という場所は、家庭以上に、自分の意思ではどうにもならない「不確定要素」に満ちていると思いますし、患者であっても、すべての行動をマイペースで行うわけにはいかないです。仕事への対価として金銭が支払われるからには、上司の都合、顧客の都合、社内の同僚の都合に、自分のほうが合わせる必要があります。
患者であっても、職場ではマイペースでの行動ができないため、さまざまな相手に合わせて必死で自分が行動するうちに、入力された痛み信号がしだいに蓄積し、悪化してしまうということも、ままあると思います。
患者としては、このあたりがいちばん周囲に理解されずらいところだと感じます。

もし、マイペースが徹底的に守られれば、かなりのことができる患者さんでも、それを職場で貫けば、まわりとの人間関係を壊し、職場にいづらくなることもあるでしょう。
現在の私も、マイペースであれば、このHPを作成したりすることが可能です。
(回復しはじめてから2年しないうちに、HPを含め、原稿用紙にして2500枚以上の文章を書いて、医師に叱られてしまいました。)
しかし一方で、たとえ2500枚の文章が書けても、私はいまだに職場復帰はできませんし、現状では、発症するまでにしていたような仕事をこなすのは到底不可能です。

今は、「中枢感作」を引き起こす痛み信号の入力が重なれば、あっという間に悪化することが目に見えていますし、回復期には、痛み信号の入力は注意深く避けなければならないと思います。その一方で、痛み信号の入力が一定以下に抑えられていれば、体がゆっくりと回復していくことも実感しています。

7.患者が感じる感作と閾値の関係(管理人の例)

*(参考3)「痛みの研究」の、2)中枢性感作(central sensitization)」には、「閾値」(いきち)という言葉が出てきます。
この「閾値」、それから「感作」について、これまでに患者としての私が感じたことをまとめてみます。

「閾値」(いきち)について

「閾値」は専門用語なので、患者さんにとっては難しい言葉かもしれません。でも、多くの患者さんには、これまでの経験を通じて、馴染みのある、分りやすい概念ではないかと思います。

「閾値」は、専門的にいえば、「生体に興奮を引き起こさせるのに必要な、最小の刺激の強さの値」ということになります。

アトピーの患者さんの例でたとえると、以下のような感じです。
その患者さんは、牛乳を飲むと湿疹が出るとします。
でも、ものすごく少ない量の牛乳、たとえば0.01ミリリットルなら、たとえ飲んでも湿疹は出ないと仮定します。
「0.01ミリリットルなら大丈夫でも、0.1ミリリットル以上の牛乳を飲むと湿疹が出る」とすれば、0.1ミリリットルが、その患者さんの「閾値」ということになります。

アトピーの患者さんにとっての牛乳のように、FM患者の場合は、常識では考えられないようなわずかな刺激で、痛みが発生します。それでは、どのくらいの量の刺激で痛みが発生するか、その境目を示すのが、「閾値」です。

私の場合は翼突筋除痛療法によって、最悪時にくらべると劇的に回復しています。最悪時から比べれば非常によくなったので、「感作」しているという感じと、「閾値が下がった」ということが、区別できるようになった感じがします
悪化していた時期と、回復してからの時期を比較しながら、患者として私が感じたことを記してみます。

*「閾値」(いきち)・・・ 状態によって変化する「閾値」

1.閾値が低下したと実感するとき

中枢感作が激しく起こっているときに体内のどこかに刺激が入力されると、上記のように痛みが激しくなりますが、これを、閾値の概念を使って表すと下記の通りです。


・もっとも悪かった時期の「閾値」
(発症してから約4年後)

最悪だったこの時期は、今思えば、脳中枢が四六時中、感作しっぱなしという感じだったと思います。それによって閾値も、非常に低いまま推移していたという感じです。「管理人の痛み」で書いたように、まさに、永久に「地獄」から出られないといった状況でした。


・翼突筋除痛療法を開始して、1年2ヶ月後

最悪時にくらべて非常によくなっていましたが、それでも、中枢が感作を起こすメカニズムは大きく残っていたように思います。この時期、「M.医療側スタッフの声」の「3.この治療でよくならない場合」で書いたように、私は大根とカボチャを持って80メートル歩いただけで、翌日から呼吸するだけで脇腹や背中に激痛が走るくらいに、悪化したことがあります。
この現象は、刺激入力によって「閾値」が非常に下がったというふうにとらえると、理解しやすい気がします。
呼吸するだけで激痛が走る状態は、その後、約80日間続きました。(これを、仮に「大根事件」と呼びます)。
このときはまだ、「感作」が起こったことと、閾値が下がる現象を、区別して感じることはできませんでした。


・治療開始、3年4ヶ月後:

補填した前歯の一部が劣化し、その部分がぐらつきはじめました。その後、少しずつ背中が痛みはじめました。
約10日経って、「中枢が感作しはじめた」という感じがありました。(この感じをたとえて言うと、体が感電しはじめたような、微熱を帯び始めたような感じです。)

それと同時に「閾値」が下がった感じがしました。そして、回復してからずっと遠ざかっていた、さまざまな痛みが出現したのが分りました。
具体的には、「中枢が感作しはじめた」日の晩に、およそ8時間くらいかけて、背中、首、肩、腕、足の痛み、めまいといった症状が、次々に出始めました。このような症状が出てくると、同時期に過敏性腸症候群、間質性膀胱炎も始まります。このときもやはり、その翌日からこれらの症状が出てきました。

その10日後に、前歯の治療をしました。「感作」(体が弱い電流に感電しているような感じ)は、前歯の治療によって、ほぼ止まりました。
(このときの悪化を、比較の都合上、「前歯事件」と呼びます)

*「閾値」が下がる時は、ゆっくりではなく、まるで防波堤が切れたように、一気に、つるべ落としのように下がります。
「閾値」が下がると、前日までは大丈夫だった量の刺激で、すぐに大きな痛みが出るようになります。
第三者がこれを客観的に見ると、「ある日、とつぜん患者さんが神経質になり、ささいなことをあれこれ言い始める」という感じだと思います。
患者さんは、前日まで30分は楽に歩けていたものが、とつぜん100メートル歩くのもしんどくなったり、前日までは簡単にできていたことが、いきなり大きな痛みを伴うようになったりします。
2.下がった閾値(いきち)が上がるとき

*閾値が下がる時は、下がるというより「落ちる」、患者からすると、「ああ、やってしまった」という感じで、まるで奈落の底に落ちていくように一気に下がりますが、上がる時は、ゆっくりです。
でも、私の場合、治療の効果によって、下がった閾値が上がり始めるまで、つまり「リカバリー」が始まるまでの期間が、明らかに早くなりました。だいたい、次のような感じです。

「大根事件」のときは、一度下がった閾値は、約80日間変わらなかったと思います。80日経ってから、少しずつ痛みが減り始めました。
「前歯事件」のときは、治療の翌々日には、明らかに痛みが減り始めました。(つまりリカバリーが始まるまで、約二日間。)
大根事件の時に比べて、ずっと早く、閾値が上昇し始めたと感じました。


*しかも、前歯事件のときには、閾値の下がり幅が、非常に縮小した。
つまり、「大根事件」のときは、些細な、たった一度の刺激で、「閾値」が非常に低くなった。(その結果、呼吸するだけで激痛が走るほどの痛みが、約80日続いた。)

「前歯事件」では、歯が10日以上もぐらつき続けた。つまり、入力された刺激の総量は「大根事件」のときよりずっと多かったと思われるが、閾値の下がり幅は、縮小した。
(「大根事件」では、呼吸するだけで激痛が走るほどの痛みだったが、「前歯事件」では、それに比べれば、ずっと小さな痛みだった。)

*「感作」について

「感作」が始まると、体が弱い電気に感電しているような感じになります。体が熱っぽくなり、頭がぼうっとして、思考ができなくなるような感じです。「感作」が始まると、私の場合は思考が続かなくなり、文章が書けなくなります。

「感作」というよりは、なにかの電気的刺激に感電しているような感じなので、ほんとうは、「感作」より別の語句をあてはめたほうが適当なのかもしれません。ですが、今はそのほかに適当な言葉がないので、とりあえずこの語句を使います。

「感作」していると、体じゅうが「ざる」になった感じになります。

つまり、どんなささいな刺激も歯止めなく体内に入ってくる感じです。そしてそれらの刺激が、それぞれ体内で大きく増幅される感じです。ささいな行動をとるたびに、それが恐ろしいほどの痛みに増幅します。
・感作している。そして閾値が大きく下がっている。
(些細な刺激が、即時に広範囲に広がる。)

最悪期は、ずっとこのような状態でした。この状態が続いているときは、一行の文章も書けませんでした。
ふとんの中でただ寝ているだけで、激しい痛みがある状態で、こういうときは、少しでも体を動かすと痛みはさらに増強します。
具体的に描写すると、下記のような感じです。


食事をするとか、トイレに行くなど、立ち上がって歩く必要のある場合は、立ち上がればさらに強くなるはずの「痛み」を、まずは、心の中で覚悟しないといけません。
起き上がる動作、歩き出す動作ごとに、そら恐ろしいような痛みが襲ってきますから、食事をするため、あるいはトイレに行くため、寒気がするようなその痛みを引きうけると、まず心で「覚悟」する必要があります。

痛みをはねのけても起き上がろうと決意したら、まず、痛い腕でかけ布団をそっとはねのけます。そして、痛みがそれ以上大きくならないように、もう片方の腕をそっと敷布団の上につきます。それからそろそろと、ゆっくり上半身を起こします。
一度に立ち上がることはできないので、まず布団の上に正座します。

(この姿勢について、当時、よくヘルパーさんなどに「正座して膝は痛くないのですか」と聞かれましたが、膝や腿の痛みより、そのように体を縦にしただけで始まる背中などの痛みのほうが、はるかに辛かったです)

正座すると、もともと存在していた痛みの上に、背中、肩、首がさらに痛くなります。目がくらむくらいの猛烈な痛みです。必要以上に体を早く動かして、その痛みがさらに増えないように、ゆっくりゆっくり片方の膝を立てます。それからゆっくりと立ち上がります。
立ち上がると、腰部から背中にかけて、さらに強い痛みが走ります。さらに、地球がぐるぐる回るようなめまいがやってきます。次いで、全身に砂袋をつけたような重量感で布団に倒れこみそうになります。これは、もの凄くつらいです。それにさからって一歩踏み出すのが、容易ではありません。

*重症の場合は、こういう生活が日常で、ずっと続きます。生きているだけで精一杯です。これだけの猛烈な痛みが続いていると、人間らしい生産的な活動は、一つもできません。「感作」し、「閾値」が非常に下がっていると、だいたい、毎日がこういう感じです。

・「感作」が止まると・・

「感作」が止まったと感じると、なにかしても、その時の痛みが、それ以上増幅しないことを、少しの間ですが、当てにできるようになります。
「感作」している時は、体も頭も感電している感じで、とても文章は書けませんが、「感作」が止まったと感じると、頭の中で、文案やアイディアを作れるようになります。「感作」が止まれば、閾値が下がっていても、電気的な刺激から逃れて、頭が働き出す感じです。


・感作は止まった。
しかし閾値(いきち)が大きく下がっている。

「感作」が止まれば、閾値が大きく下がっていても、感作しっぱなしの状態よりは、だいぶましになります。

たとえ、刺激が入って痛みが増幅しても、感作しているときのように、それがあっという間に全身に広がる感じはしません。痛む個所があっという間に全身に伝染する感じはしません。


・感作していないし、閾値が上がっているとき。

痛みはゼロではありませんが、閾値が下がっているときにくらべて、痛みがあることを忘れていられるくらい、少ない量です。かなりの活動ができます。
最近、この状態のときは、誰にも線維筋痛症患者とは思われません。
*補足:「感作」が止まったときに起こる体の変化
(管理人の場合)

(上記の前歯事件の際、歯の治療をすることによって、以下の変化が起こったのを感じました。) 

・まず「感作」がとまった感じがあった。
「感作」が始まってから、一度は崩れていた体のバランスが、治療後、また変化した感じがあった。

(この変化は、まるで体の構造が変化するような、すごく変な感じでした。「気持ち悪い」という表現がぴったりで、体がこの変化を感じているときは、起き上がって動くことができませんでした。
歯の治療後、そういう変な感じが、およそ丸1日続き、そのあいだはじっと寝ていました。その翌日の昼ごろから、少しずつ立ちあがって動けるようになり始め、痛みも減り始めました。)

・また、「感作」が始まった時点から痛みと一緒に出現した、過敏性腸症候群・間質性膀胱炎も、明らかによくなりました。

8.線維筋痛症の悪化を防げれば

同じ線維筋痛症でも、比較的軽症のときと、非常に悪化してしまった場合では、生きている意味がぜんぜん違ってくると思います。
私が思うのは、比較的軽症の段階の方が、みすみす悪化することをなんとか防げないのだろうかということです。
FMは、非常に悪化すると、仕事や学業の休止に追い込まれることが少なくないです。社会人の患者さんなら、生活が立ち行かなくなってしまう危険があります。

FMを発症したとしても、患者さんが仕事を続けながら治療を受けられるように、なんとか悪化を防げればなあと思います。
私も発症してからは、いろいろと上下に波がありましたが、そのあいだに、悪化した契機がいくつかあり、全体を通じでは、徐々に悪化していきました。
私の経験でも、患者さんが悪化する契機は、いくつかあげられるように思います。そのいくつかをあげてみたいと思います。

1.薬剤の副作用
2.痛み入力による悪化
3.歯科治療



1.薬剤の副作用

私の場合、悪化した契機の一つとしてあげられるのが、薬の副作用でした。
処方された薬に、症状緩和の効果があればいいのですが、効果がはかばかしくない一方で、副作用だけが強い場合、患者さんは、それが副作用なのか、あるいは症状の悪化なのか、区別がつかないこともあると思います。
私は一時、あまりに症状が悪くなり、これだけ悪ければ、薬を飲まなくても、これ以上に悪化することはないだろうと思い、処方されていた薬をすべてやめたことがあります。
そうしたら、痛みは変わらなかったのですが、めまいや重量感などが一時おさまり、奇跡的に、15分くらい歩けるところまで状態が改善したことがあります。
処方される薬に、どんなタイプの副作用があるかについては、HPの「化学物質過敏症と線維筋痛症」の最後の部分に、新聞記者による「薬剤の副作用体験レポート」の記事を入れました。健康な人に出る副作用のレポートですが、私が読んでも、「同じだ」と思う副作用が多かったので、参考になるかもしれません。

2.痛み入力による悪化

二つ目は、やはり痛み入力による症状の悪化です。山田医師にかかるまでは、中枢感作のメカニズムを知らなかったので、無理をして、症状を悪化させることが再々でした。
上記のように、15分歩けるようになった後、ほんとうにささいなことで、またものすごく悪化しました。
とにかく無理をしない、痛い、苦しいと思うことは避ける、痛み入力を一定の枠内に抑える、これが実行できれば、みすみす悪化するのを、かなり防げるような気がします。

本当に、悪化させると地獄ですから、軽症の方が、せめて、そのまま仕事や学業を続けられるように、そしてTPへの治療とか、あるいは、自分に合う薬があれば、それを服用するとか、マッサージやヨガでもいいですし、そういったものを利用しながら、体を回復させる治療につなげていけるとすれば、みすみす悪化させて地獄のような生活を送るよりは、将来につながる可能性が出てくるかもしれません。

痛みが軽くなることはあり得ない?

いただくメールなどを見ると、患者さんの多くが、痛みが軽くなることはあり得ないとあきらめているような印象を受けます。でも、私が受けた翼突筋除痛療法では、多くの患者さんが、明らかに痛みが軽くなります。
その場合、いわゆる中枢感作をなるべく一定の枠内におさえることで、体をさらに回復させていくことが大事になってくると思いますし、また、症状の軽い患者さんが状態を悪化させないためにも、この刺激・痛みを一定の枠内に抑えることは、大事ではないかと思います。

この、「体がちょっとした刺激や痛みを感じると、その刺激が脳で大きく増幅し、しかも、その痛みが信じられないほど長く続く」という現象は、この疾患を発症する前は、どの患者さんも、まったく縁もゆかりもないものだったと思います。
ですから、この疾患を発症した時、患者さんの多くは、自分の体内でそういう変化が起こっているのを知らず、「痛みに負けるものか」みたいにがんばり、痛みがさらに増幅してしまったり、なぜそういうことが起こるのか理解できず、「なぜだろう」「こんなに頑張って治療しているのに、なぜ治らないのだろう」と悩み苦しみ、孤独感を深めたりすることもあると思います。

また、社会人として働いている場合は、周囲から「甘えている」という目で見られることを恐れて、無理に仕事をしようという心理になることもあると思います。
「子供がいる」から残業しないというのは社会的に認知されていますが、線維筋痛症の病態が全く知られていないために、「苦しいから、辛いから、残業しないで帰る」が、職場でなかなか認められない場合もあるでしょう。

思うに、この自己コントロールは、すごく難しいと思います。発症する前は、軽々とできたはずのことが、できないとか、体さえ言うことを聞けば簡単にできるはずのことが、「あの人は手を抜いている」「力がないからできないのだろう」と思われるだろうと心で感じつつ、やらない、やれないというのは、辛く、苦しいことです。

もともと、この疾患にかかって重症になる人は、まじめでガンバリ屋さんが多いような気がします。不真面目、チャランポランの人は、もしかすると、こんなに症状を悪化させないのかもしれないなあと思うこともあります。
でもやはり、そういう局面でも、悪化させないという強い意志を持つことが重要ではないかなあと思いますし、少なくとも、翼突筋除痛療法を受けている患者さんは、回復する確率が相当高いです。無理をして悪化させてしまうと、せっかくの治療から最大限の効果を引き出せなくなることもあるような感じがします。

それにしても、この疾患を発症すると、いろいろな局面で人の理解を得るのが難しくなると思います。自分勝手とかエゴイストとか、面倒だから人にやらせたいのだろうとか、さまざまな誤解、無言の非難を感じたりすることもあります。
それはたしかに悲しいことですが、でも、悪化させたり、回復させられるチャンスがあるのに、その効果を引き出せないよりも、やっぱり無理せず、体をいたわるほうが重要だろうと思います。
そういうときに、場合によってはさまざまな方便を使ったりすることも必要かもしれません。

歯科治療

私の場合、悪化する契機になった三つ目は、歯科治療でした。(「報道機関の方へ、歯科医師の方へ」のページに関連したことを入れました)
それでは、線維筋痛症患者が歯科治療を受ける場合には、どうしたらいいのか、どのように気をつければいいのか、これは、本当に困ってしまうのですが、歯科治療で、症状を悪化させるFM患者が、私を含め、たくさんいることは確かです。

これだけは、患者の努力でどうにかなるものではないです。
線維筋痛症と歯科治療の関係について、これからもっと研究が進み、患者が症状を悪化させないためには、歯科医師にどのように治療していただければいいのか、医師、歯科医師の方々に、研究してもらう以外にないと思います。
現在、口腔顔面痛という新しい分野の学問が登場し、少しずつ、口腔と全身の症状の関係が、明らかになりつつあるところではないでしょうか。
とにかく患者としては、現状では、歯科治療で、「危なそうな」ところは避ける、ということしかないかもしれないです。歯科治療で、少しでもFMの症状の悪化が見られたら、その治療院は避けたほうが無難かもしれません。

私の場合、ある歯科医院で、治療の時に下あごに強い力を加えられたその翌日から、非常に強いめまいと重い疲労感、日の光がまぶしくて見られないなど、それまでになかった新たな症状が加わったのがはっきりわかりました。この治療のあとに、交通事故の後遺症にも匹敵するような重い症状が新しく加わりました。

私自身、これに関連しているのではないかと思えるのが、下記の中枢感作の「図」です。

*線維筋痛症患者の場合、顎関節症だけでなく、さまざまな疾患を併発している人がとても多いです。
線維筋痛症患者のほぼ全員に、この図のなかの「筋筋膜痛症候群」(全身の筋肉が痛いという疾患)の症状がありますが、私の場合も、その他に、この図でいけば、慢性疲労症候群、顎関節症、過敏性腸症候群、化学物質過敏症の症状がありました。

患者さんからいただくメールでも、化学物質過敏症を併発している方は何人もおられます。
まず化学物質過敏症を発症して、それが重症化してきたときに、線維筋痛症の症状が新たに出て、それも重くなったという方もおられます。それ以外にも多いのが、パニック障害や、シューグレン症候群などです。

私自身は、さまざまな契機で悪化するごとに、それまでになかった新たな症状が加わることが多かったです。(その意味でも、ほかの患者さんも、なんとか悪化を防げればと切実に思うのですが。)

また、患者さんからみれば、そういうふうに、それまでどれほど一生懸命に治療しても結果がむなしく、逆に、新たに、それまでにはなかった、思ってもみなかった症状が加わったとき、「いったい私の体に何が起こっているのだろう」と、底知れない恐怖感にとらわれることもあると思います。

私自身も、線維筋痛症の痛みのほかに、めまいや重い疲労感、(SSRIの副作用リストにも出てくる)緑内障が次々に出てきた時に、「ああ、自分の体が滅びていく」という慄然とするような感じがありました。

でも、この図を見てみれば、そのどの症状も、おなじ中枢感作のメカニズムで起きている可能性があるわけです。
いただくメールのなかに、併発する疾患としてパニック障害やシューグレン症候群を上げる方が多いところをみると、もしかすると、この図以外にも、中枢感作の関係が疑われる疾患があるのかもしれません。

翼突筋除痛療法は、この中枢感作のメカニズムを応用した治療法ですから、私は線維筋痛症の症状が改善するのと同時に、めまいや疲労感、顎関節症も改善していきました。幸いなことに緑内障の悪化も止まりました。

また、おもしろいことに、回復の途中で、新たに、この図にある症状があらわれることもあります。私は今、かなり回復した段階ですが、この図にある「むずむず足症候群」が少し現れています。
でも、そういうときも、この図を知っていれば、必要以上の不安にとらわれずに済む気がします。

*この「中枢感作」の図は、「線維筋痛症とそのほかの中枢性の疼痛症候群」(Fibromyalgia & Other Central Pain Syndromes)」第4章「中枢性過敏症候群の概念」に出てくるものですが、これを執筆したDr.Yunusは、日本のリウマチ学会が学会の基調講演に招こうとしたこともある、アメリカリウマチ学会の権威です。

この中枢感作に着目した翼突筋除痛治療で、患者さんの8割の症状が改善しているとすれば、海外の研究成果を生かすこういった治療がさらに研究されることで、展望はさらにひらけるのではないかと思います。

9.「安静にする」と「静止する」の違い。認知行動療法について

線維筋痛症は「安静にすると悪化する」?

今、ひざや腰・肩など、さまざまな個所の慢性痛に苦しむ人は多く、そういった痛みは、痛い箇所を積極的に動かすことで、痛みが和らぐことが期待できるという専門家の見方があります。
また、線維筋痛症の治療でも、認知行動療法、つまり何かしらの行動をすることで痛みを和らげる治療法が積極的に推奨されていますし、また、この疾患は、「安静にすると悪化する」というふうにも言われています。

でも、この「安静にしていてはいけない」という指摘は、患者からすると、少し言葉が足らないような印象があります。
患者の実感からすると、線維筋痛症の場合、「安静にすると悪化する」というよりも、動作や身動きをすべて止め、じっと「静止している」と、てきめんに痛みが増悪します。

痛みが増悪するときの例ですが、たとえばクラシックコンサートなどの会場で、咳さえ、はばかられるような緊張感のなかで、余計な音をたてないようにじっと座っているような場合、痛みはてきめんに増悪します。

症状が悪化して全身に激痛があり、一日じゅう布団から出られないような状況になっても、多くの患者さんは、布団のなかで少しでも痛みが減るような手の位置、足の位置、腰の位置などをさぐりながら、ちょっとずつ体を動かしている場合が多いと思います。つまり、多くの場合、布団の中でただじっとしているのでさえ、症状は悪化してしまいます。
布団の中で、じっと寝ているのが辛く、何年ものあいだ、壁にもたれながら眠ったという患者さんもいます。
つまり、「安静にしている」というよりも、「静止している」、動きをじっと止めていることが患者にとっては非常に辛く、そういう状態が少しでも長く続くと、痛みは増す場合が多いです。

痛みを軽減するためには

たしかに重症の場合でも、もし動いてもその時の痛みが増悪しないのであれば、すこしずつでも体を動かした方がいいと思います。
そういう意味では専門家の指摘する通りだと思いますが、痛みを抱えた患者が、健康人と同じ物差しでさまざまな行動をとれば、かえって痛みは増す場合もあると思います。

そういうときに、患者ならではの物差しが、頼りになる場合もあるのではないかと思います。患者にしかわからない、逆にいえば患者なら分かる物差しが、閾値(いきち)ではないかと思います。

閾値とは

「線維筋痛症とそのほかの中枢性の疼痛症候群」(Fibromyalgia & Other Central Pain Syndromes)」の中には、下記のような記述があります。

中枢感作症候群(中枢性過敏症候群)の患者は、痛みの広がりがあるのはもちろんとして、感覚異常や不快感のように、さまざまな刺激に対する疼痛閾値(いきち)や疼痛耐性は、いちじるしく低下している。

温度、臭い、音、化学物質等の環境からの刺激はもちろん、・・・機械的な刺激、電気的な刺激、熱による刺激、冷たさによる刺激、虚血刺激、触れることによる刺激などの、さまざまな末梢への刺激に対する「過敏性」という中枢感作に特有の臨床所見を示す。

(ともに、翻訳は意匠ノオバ。分りやすくなるように、少し意訳しています。)


上記のように、環境から来る刺激や、自分の体が体感するさまざまな刺激のうち、どの刺激が症状の悪化につながるか、つまり、どの刺激に対する閾値が低いのかは、患者さんによって、それぞれだと思います。

この、閾値という耳慣れない言葉について、私の経験が参考になるかもしれないと思い、私個人がこれまで感じた閾値の変化について、「患者が感じる感作と閾値(いきち)の関係(管理人の例)」のページで書きました。

患者さんによって、どんな刺激に弱いのかは、それぞれだと思いますが、自分固有の閾値(どんな刺激が、どのくらいの量あれば、痛みそのほかの症状が増悪するか)を意識し、常にその枠内での行動を心がけるようにすれば、痛みの増悪は、かなり抑えられるのではないかと思います。

とはいっても、閾値(言い換えると、自分ができることの限度)を心得てはいても、つい、その限度を超えて行動してしまうことは、よくあると思います。
でも、閾値の概念を知り、閾値を意識していない場合に比べれば、かなり違うと思いますし、なにより、閾値の存在を知ってそれを意識することで、存在を知らないばかりに、しょっちゅう限度を超えて行動し、そのたびに症状が激しく上下して不安にかられることは、かなりの程度、防げるのではないかと思います。

なにか行動する場合に、閾値の存在を知って、閾値の枠内で行動することを心がけることで、患者は自分の行動を管理し、かつ、自分の症状が増悪しないようにコントロールがしやすくなると思いますし、より心の安定を図りやすくなるのではないかと思います。


認知行動療法

患者として考えた場合、認知行動療法についても、「痛みの広がりがあるのはもちろんとして、感覚異常や不快感のように、さまざまな刺激に対する疼痛閾値(いきち)や疼痛耐性は、いちじるしく低下している。」ことを考えていただき、それぞれの患者さん固有の閾値に配慮して、限度を超えた負荷を掛けるのを避けることが大事ではないかと思います。

なにか行動するときは、自分に対する楽しいご褒美を考えよう

脳には、以下のような働きがあるようです。

「人は、体のどこかで痛みを感じると、それが神経を通じて脳に伝わり、腹側被蓋野(ふくそくひがいや)という場所からある種の脳内物質(フェージックドーパミンという)がたくさん出てくる。すると、快楽物質(βエンドルフィンなど)が脳の中で作り出され、痛みが押さえられる。ところが「ストレスにさらされていたり、抑うつ状態にあると、脳内でフェージックドーパミンの分泌が少なくなり、痛みを押さえるシステムがうまく働かなくなる」(福岡県立医科大学医学部、紺野愼一教授)

自分の経験から、何かしら行動するときは、そのなかに「自分が楽しいと思えるイベント」を用意しておいて、上記のような脳の働きを助けるのがいいように思います。

ほんの小さなことでかまわないので、行動する過程で患者さんが楽しい、嬉しいと思う、何かしらのご褒美を用意するという感じです。
たとえば、ごく短い散歩でも、そのどこかに自分が好きな場所を用意しておいて、そこまで歩けば好きな風景が心ゆくまで眺められる、あるいはおいしいコーヒーが飲めるとか、デジカメを持ち歩けるなら、散歩途中できれいな場所で写真を撮影して、帰ってからそれを見る楽しみを作っておくとかいう感じです。

ちなみに、HPやブログに掲載している写真は、すべて私が撮ったものです。
私は激痛から回復してきた時、目に映るすべての景色が、胸にひたひたと迫るくらいに美しく思えました。それで、散歩で外出するたびに、ものすごく美しいと思う風景を何枚もデジカメで撮ってきて、パソコンに取り込んでいました。きっと、そういうことも体を動かす励みになると思います。
また、女性であれば、ちょっとしたおしゃれもいいと思います。
重症のときは、着替えという行為によってすら痛みが増悪することがあります。着替えるために、痛い肩やひじを動かし、体をねじれば、それだけで、恐ろしいような痛みに襲われることが、ままありますから、そういう時は、横になったままで、15分や30分くらいの時間をかけて、着替えのときに襲ってくると予想できる猛烈な痛みを引き受けるための覚悟を決めていました。

私は、発症してから回復するまで、6年という長い時間を、ほぼパジャマだけで過ごしました。猛烈な痛みやそのほかの症状から回復して、外出できるようになってきた時、パジャマではない普通の服が着られるのが、ものすごく嬉しかった思い出があります。
回復してきたら、外出時のおしゃれも、きっと楽しみの一つになるのではないではないかと思います。回復してきたばかりの時は、着替えるのにもかなり体力を使うと思いますが、ちょうどいいリハビリにもなる場合もあると思います。

10.「心が原因の腰痛」と線維筋痛症は、同じものか?

トリガーポイントブロック注射について

2009年11月号の「日経ヘルスプルミエ」には、当HP「治療の組み合わせ」のなかで紹介している、加茂整形外科医院院長、加茂医師のトリガーポイントブロック(TPB)注射治療の記事が載っています。

TPB注射は、NHKの「ためしてがってん」でも取り上げられるなど、痛みに悩む方の間に、かなり普及してきたようです。
これは、FM患者のなかでも比較的症状の軽い方、あるいは、注射が痛み入力につながらない方には、効果があることが多いようです。

いろいろなFM患者さんの話を聞くと、TPB注射治療で一時的に痛みが軽くなるが、その継続時間には限度があり、たびたび注射を打っているという方がおられます。その一方で、連続して注射をしていくうちに、FMの症状そのものが軽くなる方もおられるようです。

また、同じFM患者さんでも、TPB注射では効果がなかった、あるいは逆に悪化したという方もいます。そういう方に話を聞くと、どうも共通する反応があるようです。
そういう方は、注射を打った場所を中心に、痛みがドーナツ状に、同心円状に広がったと言います。
おそらく、注射が痛み入力につながり、それが中枢感作特有の反応として脳で増幅され、全身に供給されてしまうということなのかもしれません。
ただし、上記のように、注射で痛み軽減効果があったという方もおられますから、それぞれの重症度や、症状によって、異なるようです。

85%の腰痛は、原因が不明

また、この「日経ヘルスプルミエ」の記事には、(福島県立医科大学の紺野教授の話として)、「腰痛の85%は原因がはっきりと特定できない」ということが紹介されています。
紺野教授によれば、最新の医学では、腰痛の大部分は脊髄の疾患としてではなく、「心理・社会的疼痛症候群」としてとらえるべきと考えられているとして、以下の紹介があります。

「心理・社会的疼痛症候群」のなかの「心理・社会的」というのは、ストレスにさらされていたり、(心理)、仕事や人間関係に不満があったり(社会)といったことを指し、さらに、「痛みの原因は、腰ではなく、実際に痛みを知覚する脳にあることがわかってきた」ということです。

(この辺の解明は、繊維筋痛症の研究にも資する部分ではないでしょうか。)

そして、このタイプの腰痛への治療としては、「認知行動療法など、精神科、心理内科的なアプローチが効果的な場合があります」という紹介が載っています。

認知行動療法は、線維筋痛症の治療にも有効か?

患者として私が思うのは、線維筋痛症が、このタイプの腰痛と酷似していると考える医師の方がおられるのではないかということです。
また、線維筋痛症の患者さんのなかにも、自分自身がこのタイプの疾患なのではないかと考える方もおられると思います。

作家の夏樹静子さんは、一時、強い腰痛に悩まされていたことは有名ですが、夏樹さんは、腰痛治療として断食療法を行って、相当の快復されたようです。
夏樹さんの場合、腰痛の原因はまさに、心理的なものだったということを書いておらますが、私の知り合いの患者さんのなかにも、線維筋痛症と診断がつく前に、自分が夏樹静子さんと同じタイプの疾患なのではないかと考え、夏樹さんと同じ療法を受けたFM患者さんが3人います。ですが、その3人のうち1人も痛みが和らぐという効果はなかったそうです。

もちろん患者さんによっては、心理的なアプローチによる治療や、認知行動療法が効果を上げる方もおられるかもしれませんが、重度の患者の多くには、このタイプの治療による効果は、はかばかしくないのかもしれません

一時は非常に重かった私は、重症の線維筋痛症の場合、認知行動療法や、心理的アプローチのみでは、やはり効果に限度があるのではないかと感じます。

専門家のなかには、FM患者の大部分がうつを発症しているという方もいますが、いろいろな患者さんから話を伺った限りでは、うつを発症している患者さんは意外に少なく、多くても全体の3割程度ではないかと思います。
私自身も最悪の時期を含めて、うつの症状は、まったくなかったです。
どちらかというと、この疾患の患者さんは、前向き、建設的で、理性的、理知的な印象を受ける方が相当多い印象を受けます。

この病気と闘うのは並大抵のことではなく、敢闘精神というか前向きな気持ちがないと、この厳しい疾患と戦い続けるのは難しいです。
FM患者の大半が、もしうつ病を発症していたとしら、患者さんが、この大変な疾患と、これだけ長期にわたって戦い続けることができるのかという素朴な感想を持ちます。
話を伺った限りでは、それぞれの患者さんに敬意を表したくなるほど、日々襲い来る絶望を追い払いながら、闘志を失わずにこの疾患と闘っています。


重症化すると、さまざまな新しい症状が出てくる線維筋痛症

重症の線維筋痛症患者の場合には、上記のようなタイプの腰痛患者には効果のある認知療法で、「てこずる」、あるいは、認知療法で「それまでなかった新たな症状が出てくる」といったことがあるのではないでしょうか。

線維筋痛症は、重症化すると、それまでになかったさまざまな新しい症状が出てきます。医療側からすると、複雑怪奇といった印象を受けるかもしれません。
重症になったほとんどの方が、線維筋痛症のほかに、顎関節症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症、過敏性腸症候群、膀胱炎、パニック障害、偏頭痛、耳鳴りなど、3つとか4つ、あるいはもっと多くの症状を抱えています。もちろん、うつを抱えている患者さんもいますが、いろいろな方に話を伺うと、うつよりも、慢性疲労症候群、顎関節症などを併発している患者さんのほうが、はるかに多い感じです。

そして、場合によっては、治療の一環である薬剤投与や注射によってさえも、患者さんの体に、新たな症状が加わることもあると思います。
医療側にとっては、非常に厄介であり、また患者側にしてみると、治療への努力が報われないのみならず、「いったい自分の体には何が起こっているのだろう」という、底知れない不安を感じることもあると思います。

これの症状は、多くの場合「不定愁訴」といった言われ方をしますが、一つ一つが患者さんの体と生活に、深刻な事態をもたらしていると思います。
しかし、これらの複雑な症状も、下記の「中枢感作」の図をみると、わかりやすいのではないかと思います。

患者としては、これらの複雑に出現する諸症状をコントロールし、軽減していくためには、心理的アプローチだけでは難しいのではないかと感じます。

私が受けた翼突筋除痛療法は、これら、中枢感作によって起こるさまざまな症状それぞれに、回復効果が出ます。
それ以外の治療法で、この複雑で多彩な症状を軽くしていくには、薬剤だけではおそらく十分でなく、さまざまな対処療法が有効なこともあり得ると思います。

アメリカリウマチ学界の権威、Dr.Yunusが提唱している「中枢感作」のメカニズムについては、さらに研究が進むことが望まれると思いますが、研究が進むあいだにも、患者さんが苦しんでいる諸症状を緩和するためには、薬剤のみならず、対処療法への研究は、もっと進む余地があると思います。


(参考および出典:日経BP社出版「日経ヘルスプルミエ・11月号」)

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